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第38話

浴室からさっぱりして出ると、ダイニングルームで東城が夕食を揃えてくれていた。 広瀬が好きな大き目の牛ホホ肉が柔らかく煮込まれたビーフシチューがたっぷり深皿に入っている。 ライスとともに人参、ブロッコリーの温野菜とバターと生クリームを使ったマッシュポテトも並んでいる。 東城は、グラスに濃い色の赤ワインを注いでくれた。 彼は広瀬の向かい側に座ると、グラスを軽く持ち上げ、「初出勤おめでとう」と言った。 広瀬は礼を言った。東城はとっておきの赤ワインのうちの一本をあけたようだ。 「さっきの車の件だが、警備会社にいって、この敷地の周囲の防犯カメラ映像を全部だしてもらうことにした。いつ頃からこの辺りをうろついていたのか知りたいし、もしかすると、車の中の人間の顔も撮れてるかもしれないからな」 「データが来たら、俺も確認します」と広瀬は言った。「何日分ですか?」 「とりあえず一週間分」と東城は答える。 この家は、彼の一族が所有する広い敷地の中に建っている。外向きだけでなく内向きの監視カメラも多く設置されており、警備会社が24時間体制で警備している。 そのデータ一週間分というとかなりな量だ。だが、この手の映像確認は広瀬にはなじみの深い作業だ。 ビーフシチューを味わっていると、「今日の会社の仕事はどんなだった?」と東城から気軽に質問された。 「会社の説明と書類整理でした」と広瀬は答えた。 それから、ふと思って続きを言った。 「夕方に急な来客があって、カバンを探せという依頼がありました」 やってきた感じの悪い男とのやりとりを簡単に東城に説明する。 先ほどの黒い車は広瀬の新しい仕事とは関係ないとは思うが、気になることは東城に話すことにした。 東城は広瀬の仕事が守秘義務があることは十分認識しているし、今は経産省に出向中で彼の仕事と広瀬の仕事の範囲がかぶることはない。 「落とし物探しねえ」と東城は言った。 「いつもはそんな依頼はないそうです」と広瀬は説明する。 「民間企業は客を追い返せないから、苦労するよな。京浜東北線全体なんてあいまいな話で、魔法でも使わなきゃすぐにみつかるわけないだろうに。そんな話を押し付けてくるとは、よほどの事情があるんだろうな」 「とりあえず明日から探してみます」と広瀬は答えた。 東城は、それは、かなりな運動になるな、そうだ、今度、靴を買おう、歩きやすい靴。何足かはきつぶすだろうから、と優しく笑いながら言った。

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