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第42話
「いえ、そんなことは全くありません」と広瀬は強く否定した。「このビジネスバックを探しているんです。このバックについて何かあったのでしょうか?」低姿勢に丁寧な口調で広瀬は質問した。
気分を害している人には、誠実に対応するしかないのだ。
「ふーん」と男はまた言った。「午前中に、あんたと同年配の男がきて、自分のバック失くした、早くここの中全部漁って探せって大騒ぎしたんだ。届けられたものは全部記録されるから、ない、って言ってもなかなか聞かなくて、とにかくやっかいだった」と説明してくれた。「その男が言ってたビジネスバック、あんたの写真にあるみたいに、白い疵があるって言ってたんだ」
「そうでしたか」と広瀬は言った。そして、自分の新品の名刺を出した。「わたしは、この会社のもので、顧客が紛失したバックを代理で探しています。ですが、今日、午前中にこちらに来ていた男性は、直接の依頼主ではありません」
男は名刺を受け取り、ジロジロ見ている。
「どんな男性でしたでしょうか?もしかすると依頼主に関係する人かもしれませんので、確認します」
「若い男だ。あんたと同い年くらい。髪はボサボサで、痩せてたよ。やたらとでかい声出して、早く探せとか言ってた」
「服装は?」
「クールビズっての?」
「勤め人のような感じでしょうか?ネクタイはしていない?」
「そうだね」
「背格好は?わたしより高かったですか?」
男は、もう一度広瀬の名刺を見た。「さあね。あんた、警察みたいなこと聞くね。覚えてないよ。忙しいから、もう帰って」手で追い払うような仕草をされた。
広瀬は、周囲を見回した。セキュリティカメラがどこかにあるだろう。それを見ることができれば、男の風情はわかる。
そこまで考えて、自分はもう警察官じゃないんだ、と自分に言った。これ以上食い下がって聞き出すことも無理だろう。
広瀬は、頭を下げてその場を辞去した。
今日は、目当てのビジネスバッグを見つけることはできなかった。
だけど、若い男が探しているのはわかった。
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