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第54話

急いで身支度を整えると1階に降りた。 東城がキッチンのテレビでニュースを見ながら自分のスマホで新聞を読み、コーヒーを片手にトーストとポテトサラダの朝ご飯を食べる、という行儀の悪いことをしている。 テーブルの上には、広瀬の分もきちんと揃えてくれていた。 「おはよう」と彼は言った。「よく眠ってたな」 広瀬も挨拶をし、テーブルに着いた。 東城はスマホに再度目を落とす。「さっき警備会社から映像データが送られてきた」そう言って画面を見せてくれた。 「ずいぶん早い時間ですね」 「むこうは24時間営業だからな。お前のメールに共有ドライブのURLを送っておいたから、忍沼に送っておいてくれ」 広瀬はうなずいた。 きつね色に焼けた厚切りトーストにバターを塗り、かぶりついていると、先に食事を終えた東城が立ち上がった。 目で彼を追うと、横に来て身体をかがめてきた。 つむじにそっとキスをされる。 広瀬は目をとじた。動けなくなる。 そんな風に触れたらだめだ。 昨夜の燻りが、じわりと身体の奥を熱くする。 だが、東城は遠慮しなかった。 首の後ろにもキスをしてくる。 「髪が短いと、首がきれいに見えるな」と東城は言った。「後ろから見ると、このうなじ、かなりそそられる」 それから身体をおこして広瀬を見つめてきた。広瀬には分らない不思議な表情をしている。 「気をつけろよ」と彼が忠告してくる。 何にだろう、と思ったら、「お前、そんな色っぽい目をして会社行ったら問題になるぞ。風紀を乱れるって」わずかに笑いを含んだ声だ。からかわれているんだ。 広瀬は顔をそらし、コーヒーの入ったマグカップを覗き込んだ。 東城が話を続けてくる。「それで、今日も落とし物探しなのか?」 「そうです」とコーヒーを飲みながらうなずいた。 東城の指が首筋を這う。シャツの中にいれた鎖に触れようとしているのだ。「会社や外出先で誰かに誘われても、ついて行くなよ。このネックレスはストーカー除けだから、外すんじゃないぞ」 広瀬は、頭を振ってその手を避けた。 誘われるってなんだ。子どもじゃないんだから、誘われるままについてくわけないじゃないか。 東城の手は追ってはこなかった。まだ少し笑いを帯びた声でなにか言っている。だけど、もう聞くのはやめた。 食事に集中しなきゃ。 急いで食べて、会社に行くんだ。 そう自分に言ってポテトサラダを口に入れた。

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