58 / 130

第58話

「やめろよ!」と大声をあげてくる。 こっちが悪いことをしているみたいだ。 「何か用が?」と広瀬は質問した。 「用なんてない!急になんだよ!」 「駅から、後をつけてきたのでは?」 「つけてなんていない。痛い!放せ!どけ!」 男は大声でわめいている。 通りがかりの人が数人、速度をゆるめてこちらを見ている。 なにが起こっているのか知りたがっているのだ。 警察に通報する必要があるのか、関わり合いになるべきではないことではないか、と推し量っているのだ。 広瀬は、これ以上大声を出さないよう、ゆっくりと腕から手を離した。 男は、広瀬をにらみつけ、また倒されないよう警戒しながら半身を起こす。痛そうにねじられた方の腕をなでている。 着ているものはしわくしゃの半袖シャツに埃だらけのチノパンだ。 汚れているのは今地面に倒されたからだけじゃない。無精ひげがはえ、髪もここ数日櫛をいれていなさそうにボサボサだ。 じっと外見を観察していると、「そのカバン、返せよ」と言い、手に持っているビジネスバッグを指さされた。「お前のカバンじゃないだろ。横取りする気か」 男は、険しい表情だった。だが、かすかに目には怯えた色がある。 「お前、どの組織の人間なんだ?そのカバンを探しまわってただろ?」と男は言った。「昨日と今日、あちこち聞きまわってた。話を聞いたぞ。そのカバン探してる男がいるって。俺の方が先に見つけるはずだったんだ」

ともだちにシェアしよう!