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第59話

黙っている広瀬に男は言葉を続ける。 「返せよ、そのカバン。すぐに」 広瀬のすきを狙っているのだろう。だが、その目つきも身のこなしもはっきりいってすきだらけだ。 「このビジネスバッグは、あなたのものですか?」と広瀬は質問した。 「そうだ。返せよ」 「組織、というのは?」 「組織?」 「今、どの組織の人間かと聞きました」 「ああ、知るかよ。さっさと返せよ。泥棒する気かよ。さもないと」 男はそう言うと、ズボンのポケットに手を入れた。取り出したのは飛び出しダガーナイフだった。男は手を伸ばしそれを広瀬に向けてくる。 「カバン、返せよ。怪我したくなかったら、そこに置いて、帰れ」 「飛び出しナイフの所持は、銃刀法違反だ」と広瀬は言った。 男は再度返せと怒鳴ってくる。目が大きく見開かれ、焦っているようだ。 手が震えている。だが、男はいっぱいいっぱいで、自分の手にも気づいていないようだ。 広瀬はわずかに男との距離をつめた。 それからすばやく右足で蹴りを繰り出し、ナイフを握る手から飛ばした。 以前、東城を相手に練習したことがある。反動をつけずに出すので相手が予見しにくいその技は、想像以上にきれいにきまった。 何度も練習しといてよかったろう、と言う東城の自慢げな顔が一瞬目に浮かんだ。 アスファルトに転がるナイフを広瀬はすぐに拾い上げる。 男は立ちすくんでいた。 「どうして、このカバンを探しているんですか?」と広瀬は再度聞いた。 ナイフの刃は出していてはあぶないので鞘にしまう。 返事がないので、広瀬は再度聞いた。 若い男は震える声で答えた。「それがないと、兄貴が、殺されるんだ」真剣な声だった。

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