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第61話

「兄貴は、今、捕まってる。そのカバンをもっていかないと、殺される」とこの若い男、井上はうわごとのように言った。さっきと同じ言葉だった。 かなり切羽詰まっているとは思ったが、殺されるとは、穏やかではない。 しかも、大袈裟な表現ではないようだ。 「兄貴は、組織に頼まれて、そのカバンを盗んだんだ。だけど、ヘマやっちゃって、運ぶ途中で居眠りしちゃって、電車の中に置き忘れた。それで、あせって、一緒に探してくれって俺に電話があったんだ」 井上はそう話した。 「俺が、兄貴に合流しようとしたときには、兄貴は、盗んだ相手につかまった。俺がカバンを探して元に戻さなかったら、兄貴を殺すって言われてるんだ。だから、探してた。あんたの持ってるそれは、兄貴のものだ。返してくれ」と広瀬に言った。 こちらを必死に見る目は本気だった。 なんだかわからないことだらけの話だった。 だいたい、その兄貴だって誰かから盗んだんだから、カバンは兄貴のもの、なわけがない。 「このカバンの中には、何が?」と広瀬は聞いた。 井上は首を横に振る。「知らない」 「その、兄貴という人に指示した組織は、どんな理由でこのカバンを盗めと?」 「知るかよ。突然、兄貴から電話がかかってきただけなんだから」と男は言った。「組織は、兄貴がカバンをどこかに隠してると思ってる。兄貴は、捕まって連絡が取れなくなってるんだけど、隠れたって疑ってるんだ。盗んだ相手も、すぐに戻さないとただじゃおかないだろう」 急に怒った口調だ。気が短いのだろう。

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