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第63話

井上が質問してくる。「組織がヤクザかどうか、そのカバンと関係あるのかよ?」 「背景情報ができるだけ欲しかっただけです」と広瀬は答えた。「で、兄貴の井上きみおさんを捕まえている会社も暴力団なのですか?」 「さあな。俺は詳しくない。兄貴は、組織に命令されて、その会社があるオフィスビルの清掃のアルバイトに入ったんだ。カバンを盗むために。早朝にビルのオフィス内を掃除するんだよ。そこで、うまいことやってカバンを盗んだんだ。そこまではよかったんだけど、移動中にうっかり置き忘れて、おまけに、その会社に盗んだことがバレた。連中が兄貴を探し出して捕まえたんだ。それで、その会社から俺に連絡があってカバンを戻さないと、殺すって言われた」井上まさはるは、絶望的な顔になっている。「だけど、もし、会社にカバン返したりしたら、組織は兄貴も俺のことも許さないだろう」 八方ふさがりのようだ。だが、うっかりでも、大事なものを置き忘れたりするのが悪い。 「それで、井上さんは、このカバンをどうするつもりなんですか?」 「会社に渡して、兄貴を助けて、それから、もう一回盗んで、組織に渡す。できるわけないけど」と男は言った。「なあ、あんた、こんな話長々聞いてどうするつもりなんだよ」 「その、会社の名前はわかりますか?」 井上は首を横に振る。 「どうやってカバンを返すんですか?」 「向こうから連絡があるんだ。もうじき約束の時間だ」男はポケットからスマホを取り出し、時計を見る。「カバン戻すって言わないと、兄貴が殺される」 「電話がかかってくるんですか?」 「そうだよ」

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