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第72話

それでも血まみれの男が手に持っているカバンは返してもらいたかった。 依頼主に戻さないと新しい会社での初仕事は大失敗だ。 広瀬が止まっているのを、迷いととったのだろう。 「そんな慣れない手つきで危ないもの振り回したらケガするぞ」と抑えつけていた男が言った。「こっちはカバンを返してもらったんだから、お前を傷つける気はないんだ」 そう言いながらも、身構えるそぶりはそのままだ。 広瀬が逃げようと背を向けたりナイフをしまったら、捕えるつもりだろう。 「お前、何者だ?井上たちの友達なんて嘘だろう。なんで、カバンを持ってここに来たんだ?」 相手に答えるつもりはなかった。 階段の上にた血まみれの男も下にゆっくりと降りてくるのが気配でわかる。 ナイフは持っていても、自分より上背のある男二人が相手になると、かなり不利だ。 致命傷は避けて、なんて悠長なこと考えてないで、刺してしまおうか、と広瀬は考えた。 男はこちらを狙うために身構えて両手を上にあげており、下腹部をガードしていない。 血だらけの男が近くまで来ている。「お前、ナイフ持ってるからなのか?すました顔してやがるな」 こちらの方が怒りが強い。 広瀬に思い切り顎を蹴られたのだから当然だろうが。

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