76 / 130
第76話
早乙女は返事をしなかった。広瀬をちらりとみて、再度二人の男に視線を戻す。
「お前ら、まさか、広瀬さんを殴ったんじゃあないだろうな」
二人は黙っている。
広瀬が早乙女から、さんづけで呼ばれる存在だということが、何を意味しているのわからないながらに、まずいことになりそうだと察したのだ。
もし、勢田と広瀬の本当の関係を知ったら、理解できず困惑するだろう。
それはそうだ。広瀬にも自分が勢田の何なのかが未だによくわからない。
勢田は自分にかまって会話をしたがるものの、それ以上何かを求められることはないのだ。
ほとんど服の上からでさえも身体に触れることもないのに、近くにいると怖気づいてしまうほど圧迫感がある。
もしかすると、勢田には口で言うような広瀬への情念とは別の深い思惑があるのかもしれない。
そして、実際に会ってみると、次に勢田がどんな行動に出てくるのか、一挙手一投足が、広瀬には予測不能だ。だから、怖い。
ここにいる早乙女は、勢田の側近の一人だ。
勢田と食事をしたときにもついてきていた。
彼は一緒のテーブルにはつかなかったが、近くの席にいてこちらを冷たい視線でじっと見ていた。
広瀬の存在を苦々しく思っているのだ。
「殴ってないといいんだけどなあ。広瀬さんを傷つけたと知ったら、どんな理由でも勢田は許さない」
そう言う口調は間延びしたものだったが、明らかな脅しだった。
ともだちにシェアしよう!