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第82話

広瀬の記憶にある勢田よりも、現実の彼はもっと背が高かった。 引き締まった身体つきだ。 こういう身体はプロのトレーナーについてジムで鍛えなければできないと以前東城が言っていた。黒い髪は短くかりこんでいる。 着ているスーツは広瀬にもわかる高級な仕立てのもので、白いシャツには青い宝石のカフスボタンが光っていた。 指には大ぶりな金の指輪をはめている。 十分な金と虚栄心のある男の出立だ。 勢田は、しばらく黙って彼を眺めている。黒い目の奥は深く、底冷えがした。 彼は、後ろに控えている早乙女の方に視線を移し、質問をした。 「ずいぶん、汚れているようだが、何があったんだ?」そう言った勢田は眉をひそめている。 廃ビルの汚い階段を転がりまわっていたのだ。埃だらけどころではないだろう。 「俺が到着したときには、広瀬さんは加次井の連中と大太刀回りの最中でして」と早乙女が苦々しく言った。 勢田は広瀬に左手を伸ばしてきた。 節ばった長い指で頬に触れてくる。 人差し指と中指の先で頬を何度もこすられた。 汚れを落とそうとしているのか、単に広瀬に触れたいだけなのか、わからない。 広瀬は、動くことも避けることもできなかった。蛇に睨まれたカエルそのものだ。

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