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第83話

「上階のシャワールームを使わせて、着替えさせますか?」と早乙女が勢田に聞いている。 勢田は首を横に振った。「いや、その必要はない」 彼は、広瀬から手を離し、自分の手についた汚れを払う。 それからまた手を伸ばし、今度は親指の腹で頬に触れてきた。 体温がほとんどない、冷たい手だった。 黒い目はじっと広瀬を見ている。広瀬の中を見透かすような視線だ。 その様子を見ていた早乙女はポケットからスマホを取り出すと電話をかけ手短になにやら指示をしていた。 ほどなく、坊主頭の若い男が現れた。 手には大きなお盆を持っている。 紅茶ポットとカップとソーサーがのり、さらにどこから調達してきたのか薄いビニール袋に入った業務用の布のおしぼりタオルがいくつも積まれていた。 彼は緊張でぎくしゃくした仕草でお盆を室内の応接セットの机の上に置くとソーサーとカップを並べ、紅茶を注いだ。 勢田が、無造作にお盆の上からおしぼりをとりあげ、ビニールを破って机の上に捨てた。そして、広瀬の頬や額、あご、髪をふいていく。 顔が近づけられる。 高い鼻梁のするどい顔が間近にせまる。唇を合わせられるのではないかと怖気づくほどの距離だ。 勢田の息からはかすかに葉巻の独特の香りがした。

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