89 / 130
第89話
勢田が、そのトールエイジンの仕事で加次井と広瀬が廃ビルで乱闘していたことを疑問に思うのはもっともだ。
広瀬も、行きがかり上そうなっただけで、本来は、カバンも中身もあの二人の男の関係会社のものなのだ。
井上のことがなければ、とっくに渡していたかもしれない。
だけど、そのことも勢田には解説する必要はないだろう。
「そのカバンにはもう用はないんだろう?返して欲しい」と再度広瀬は言った。
とにかく自分はカバンを持って、会社に戻り、依頼主に返したいのだ。
勢田は、苦笑した。
「相変わらずの我儘ぶりだな。この状況で、お前の虫のいい要求通ると思っているのか?」
「カバンも中の封筒も、本来はあなた方の物ではないはずだ。このまま持っているのだとすると」
「警察にでも言うか?」と勢田は言った。薄く笑っている。「刑事でもないお前は、もう、逮捕もできない。ここで110番でもするか?」
勢田はそう言いながら封筒に入っていたUSBメモリを手に取る。
そして、「それから、」と言葉を切った。
USBメモリは、黒い小さなプラスチックで、サイドの突起をスライドさせると金属の口がでるタイプだ。
彼は、そのプラスチックの両端に手をかけ、力を入れた。
USBメモリはあっさりと二つに折れる。
その行為には早乙女も驚いた。
「代表、それは」ととっさに彼は静止の口調で言った。
勢田は手の中からバラバラになったUSBをテーブルに払い落とした。
USBはプラスチックのかけらだけで、メモリは入っていなかった。
早乙女は「中身が」と言って、絶句した。
勢田は広瀬を観察している。
広瀬は、いつもの無表情を保った。
なんとか自分を保ち、USBの残骸と勢田から目をそらしはしなかった。
だけど、まさか、USBメモリを勢田が壊すとは思わなかった。
ともだちにシェアしよう!