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第91話
ヤクザの常套手段だ、と広瀬は心の中で自分に言った。
こうやって怒鳴ったり、モノを叩いたりして、怖がらせようというんだ。
自分に、そう簡単には手出しはしないはずだ。
傷害事件にでもなれば、早乙女だけでなく、勢田やそのほかの幹部も逮捕される可能性がある。
だけど、と別な考えも頭をよぎる。どうだろうか。
勢田は、自分に何もしないのだろうか。
本当に?
いつも勢田の考えは読めないのだ。
彼の自分への異常な執着も、なにを狙ってのことなのか分かったことがない。
早乙女は、黙っている広瀬にさらに詰め寄ってくる。
この男は、自分のことを憎んでいる。これは脅しではなく、心の底からだ。今回の件のせいではなく、自分のボスが、わけのわからない感情を向ける得体のしれない相手だからだ。
その苛立ちを爆発させようとしていた。
だけど、ここで怯んでは、相手の思うつぼだ。
ヤクザは具体的な手段にでるのではない。相手に勝手に恐ろしいことを想像させ、そこに付け込んでいくのだ。その手に乗っては、術中にはまったと思わせては、ダメだ。
広瀬は、口を開いた。
「USBのことは知らない」と言った。「カバンを返して、俺を解放しろ」
自分の声なのに震えているのがよくわかる。怖がっているのを伝えたくはないが、上手くいかなかった。
早乙女が、さらに怒鳴ってくる。「ああ?!てめえ、帰れると思ってんのか?」
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