91 / 130

第91話

ヤクザの常套手段だ、と広瀬は心の中で自分に言った。 こうやって怒鳴ったり、モノを叩いたりして、怖がらせようというんだ。 自分に、そう簡単には手出しはしないはずだ。 傷害事件にでもなれば、早乙女だけでなく、勢田やそのほかの幹部も逮捕される可能性がある。 だけど、と別な考えも頭をよぎる。どうだろうか。 勢田は、自分に何もしないのだろうか。 本当に? いつも勢田の考えは読めないのだ。 彼の自分への異常な執着も、なにを狙ってのことなのか分かったことがない。 早乙女は、黙っている広瀬にさらに詰め寄ってくる。 この男は、自分のことを憎んでいる。これは脅しではなく、心の底からだ。今回の件のせいではなく、自分のボスが、わけのわからない感情を向ける得体のしれない相手だからだ。 その苛立ちを爆発させようとしていた。 だけど、ここで怯んでは、相手の思うつぼだ。 ヤクザは具体的な手段にでるのではない。相手に勝手に恐ろしいことを想像させ、そこに付け込んでいくのだ。その手に乗っては、術中にはまったと思わせては、ダメだ。 広瀬は、口を開いた。 「USBのことは知らない」と言った。「カバンを返して、俺を解放しろ」 自分の声なのに震えているのがよくわかる。怖がっているのを伝えたくはないが、上手くいかなかった。 早乙女が、さらに怒鳴ってくる。「ああ?!てめえ、帰れると思ってんのか?」

ともだちにシェアしよう!