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第92話
「俺の意思に反して帰さないのは」と広瀬は言う。
監禁罪だとか言おうと思ったのだが、その前に勢田が口を開く。
「彰也」と勢田は言った。「お前は、ずいぶんと手先が、器用なんだな。うまくUSBを接着剤でつけていた。誰が見てもわからなかったろう。PCにさしてみないない限り、中がないとは思わない」
早乙女は勢田が話し出すと、口を閉じる。
勢田は続ける。「その指の器用なところを見せてもらいたいものだな」
冷えた視線は変わらずだった。
「そうだ、これから、いいところに連れて行ってやろう。お前も気に入るはずだ」と彼は言う。「USBの中身をどこにやったのかも、むこうでゆっくり聞くことにしよう。お前が送った先からどう取り返すかも、考えなければならない」と勢田は言った。「仕立て屋という、わたしの古くからの知人の店だ。店と言っても、会員制の、倶楽部のようなところだ。手先がことさら器用な人間を集めている。そこで働いるのをお針子と呼んでいる。お針子といっても、もちろん、本当に針と糸を使って縫物をするわけじゃあない。その巧みな指で、お得意様を喜ばせる仕事をするんだ。お前も連れて行ってやろう。少しの間、修練期間があるがな。お前のその器用さなら、さぞかし、上手にやれることだろう」
勢田は楽しそうにそう言った。
「お前のような美しいお針子がいたら、店は繁盛する」
勢田が立ち上がり、広瀬の近くに来ると屈みこんだ。顔が近くまで寄せられる。
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