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第94話

広瀬は、突然現れた東城の姿に、安心よりも混乱した。 東城は、どうやってここを知って、来たのだろうか。 広瀬のスマートフォンの位置情報をたどったのだとしても、屋内の位置測位はできない。この会社にいることや、高層階のビルの階数まではわからないのではなかったのだろうか。自分が勢田にとらえられたことを知っている人間はいないのに、どうやって? しかも、こんなヤクザの巣窟に、たった一人で乗り込んできたのだろうか。 用意周到な彼らしくもない。いくら東城が喧嘩が強いとはいっても、力で勝てる相手ではない。だのに、こんな危険なことを、広瀬を助けるために、自分のことを顧みずに、くるなんて。 東城は、無言で、部屋の中に大股で入ってくる。 勢田は、広瀬は脇から立ち上がり、面白そうに東城を見た。 「これはこれは」と彼は言った。 早乙女が、驚きから我に返り、すぐに勢田をかばうように彼の前に立った。 「東城さん、ここに何の用だ?」 上背がかなりある東城は、早乙女を平然と見おろす。 「何の用だ、も何もないだろ」と彼は答えた。 「ああ?」早乙女も黙ってはいない。三白眼で東城を睨み上げる。 ここで弱気を見せると、周りに示しもつかないだろう。 部屋の中の他の男も、ドアのところで固まっている若い男たちも、どうしたらよいか分からない様子で、動きを止めている。 だが、早乙女や勢田の指示があれば、すぐにでも、東城を取り押さえるつもりだろう。 一触即発だ。 「早乙女、抑えろ」と勢田は静かな声で制止した。「お迎えに来ただけだろう。無鉄砲で短慮な恋人をもつと忙しいことだ」 「しかし、このまま黙って帰すわけには」と早乙女が控えめにだが反論した。 ヤクザの面子が立たないのだろう。

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