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第95話

その時、机の上に乗っていた早乙女のスマホが派手な着信音を鳴らした。彼は最初は無視していたが、しつこくずっと呼び出している。 東城は、横目でスマホを示す。 「出た方が、いいんじゃないか」と彼は言った。 誰からの電話か、知っているのだろう。 ためらいながら早乙女は表示を見て、小さな声で電話に出た。 何度かやりとりをし、それから電話を勢田に差し出した。 勢田は、相手を聞かず、おもむろに手を伸ばし電話を受け取った。 しばらく彼は黙って相手の話を聞いていた。何度か東城に視線を向けている。それから、短く答えると電話を切った。 彼は、広瀬に言った。 「警視庁の組対の課長からだった。奴は昔からの知人だ。彼の依頼を断って顔をつぶすわけにもいかない」 そして、電話の主の正体に驚いている部下に、広瀬の手足をほどくように命令した。 戒めを解かれ、広瀬は立ち上がることができる。身体が固まっていて足が痛んだ。 組対の課長というのは、警視庁の組織犯罪対策の課長のことだろうか。一体どうしてそんな人が広瀬のために電話をかけて来てくれたのだろうか。東城がそんな偉い人に影響力があるとは聞いていない。警察庁の高官の橋詰の手配なのか。 勢田は東城に質問している。「手を回したのか?警視庁の課長を動かすとは、思ったよりも、力があるようだな」 東城は勢田には返事をせず、広瀬の傍に立った。 彼は、広瀬の全身を素早く見ている。大怪我をしていないかどうか、自分で歩けそうか、確かめたのだ。 大丈夫そうだと判断し、「帰るぞ」と彼は広瀬に言った。 早乙女は渋面を向けてくる。このまま指をくわえて広瀬が出て行くのを見ているのがどうしても気に食わないのだ。 勢田の方はというと、さして悔しそうな風情でもなく、ゆったりとこちらを見ている。 もちろん、指一本動かせば、形勢は彼の方が圧倒的に有利なのだ。複数名いる部下がその気になれば、東城と広瀬など簡単に動きを制することができる。その余裕なのだろうか。 だが、組対の課長のためになのか、勢田は黙っていた。 広瀬は、数歩歩いて、机の上に置かれたスマホや名刺入れをとりあげた。さらに、カバンに手を伸ばした。 力ずくで取り上げられそうになったら、反撃しようと思ったが、誰も、特には動かなかった。 このカバンには誰も興味がないのだろう。穴も開いているし。 でも、広瀬にしたら落とし物のこのカバンを持ち帰るのが今日の仕事なのだ。 それから、広瀬は、くずかごまで行き、中に手を入れた。東城がくれた孔雀石のネックレスを取り出し、それはズボンのポケットにしまった。 東城は、黙って広瀬を待っていた。それから、彼の背をそっと押し、ドアをあけた。 「彰也」と勢田が背後から声をかけてくる。広瀬はふりむかなかった。 勢田の醒めた声が追ってくる。 「お前が隠したデータの中身のことだが、深追いしない方がいい。お前のためにはならない。気をつけろ」 背中に触れる東城の手が、ぎゅっとこぶしを握ったのが感じられた。 だが、東城も振り返ることはなく、二人でその部屋を出た。

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