110 / 130
第110話
「橋詰さんに緊急事態でといって事情を話して、警視庁で勢田に影響力のある課長に連絡してもらったんだ。やむを得なかったけど、橋詰さんには大きな借りができた」と東城は言った。
「それで、勢田のところに一人で来たんですか」と広瀬は言った。「でも、なんで誰かと一緒に来なかったんですか。危ないでしょう」
東城も広瀬に危ないことするな、なんていえるほど慎重じゃないのだ。
ヤクザの勢田のところに単身乗り込んだりしたら、ボロボロになるまで暴行されて、挙句の果てにどこかに遺棄されてしまうかもしれないのに。
集団での容赦ない暴力。それが勢田の生業だ。
広瀬は、勢田の醒めた視線を思い出す。
高層のオフィスビルに居をかまえ、スーツにネクタイでビジネスマン風にふるまってはいるものの、彼の本質は無慈悲なヤクザそのものだ。
「誰かって誰だよ」と東城は少し低い声で不機嫌に答える。「助っ人頼むほどの時間もないだろ。勢田のんとこからお前を一秒でも早く引き揚げさせたかったんだ」
だいたい、勢田のとこになんていくようなはめになるから、お前がセキュリティコンサルで仕事するなんて反対だったんだ、と東城が言い始める。
だけど、それは広瀬がしたい話題ではなかった。
「孔雀石の細工はどうやったんですか?忍沼さんは何もしてないですよね」
「忍沼?あいつになんか頼めるかよ。俺の希望以外の仕掛けしてきそうだろ。俺がお前に近づいたらビービー鳴るとか」
その発想はかなり忍沼に近いものだ。やっぱり東城と忍沼は似た者同士なのかもしれない。
やたらと広瀬を心配するところとか、広瀬をかまう人間を嫌うところとか。あまり常識的でない手段を平気で使うところとか。似ている。
ともだちにシェアしよう!