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第114話

忍沼が行った先は、水族館の隅だった。水槽はなく、この水族館の成り立ちやコンセプト、功労者などが壁のプレートで紹介されている。グレーの塗料の塗られた大きな楕円形のベンチがあったが誰も座っていなかった。 忍沼はそこに腰かけた。 広瀬も横に座る。 忍沼は背中のリュックを下ろし膝の上に乗せる。そして中に手を入れると小さなタブレットを取り出した。 「あきちゃんからもらった監視映像、解析できたよ」と彼は言った。 そして、タブレット端末のボタンを押す。運転席と後部座席に人が座っている車の中を撮影した不鮮明な写真が表示された。 「誰かわかる?」 広瀬はその画像をじっとみた。運転手の顔のほうがはっきりしているが知らない人物だ。 後部座席の人間の顔は暗くてわかりにくい。だが、広瀬には馴染みがあり、予想していたこともあってすぐにわかった。 「この後ろの席の人。あきちゃんの知り合い?」と忍沼は言う。語尾は上がっているが、質問でも確認でもない。事実を述べただけだ。 「はい」と広瀬はうなずいた。 「誰なのか教えてもらえるかな」と忍沼は言った。 広瀬は答えに逡巡した。だが、忍沼のまっすぐな視線にごまかすことはできないと思った。 「大垣さんです。俺の、父の友人の一人です」 「例の『おじさんたち』の一人なのか」と忍沼は言った。「そして、その男があきちゃんの家に来て、脅かすようなことをしてる。理由はわかる?」 広瀬は首を横に振った。 「そう」と忍沼は言った。それから、意外なことを告げた。「僕は、その男に見覚えがあるんだ」 忍沼はタブレットを操作し、古い写真を見せてくれる。 それは、遠い昔の写真だった。誰が撮影したのかわからないが、子どもが遊んでいる向こうに小さく数人の大人が写っている。忍沼が指で画面に触れるとその大人が拡大して現れる。 「あの実験の時、僕たちを見に来た大人の中に大垣がいたんだ」 これが大垣だと言われればそうかなと思うくらいの粗い画素数の男だ。当然ながら今の大垣よりもかなり若い男だ。

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