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第119話

福岡に会うのは久しぶりだった。特に変わった様子もない。 今日の夕方に突然呼び出された。東城の個人のスマホに電話があり、いきなり今日の夜何時になってもよいからこの店に来いと言われたのだ。 東城は即座に行ける時間を福岡に伝えた。用件を聞くことはなかった。福岡の命令には反射神経のように東城は従う。福岡が言葉少なであればあるほどだ。 肉料理の皿の端っこの小さい破片からびちびつまみ、ビールを飲みながら福岡は話し始めた。 「田代が異動になった。それからしばらくして、異動先から電話かけてきた。広瀬信隆が残し ノートについてだ」 田代は、福岡のチームのメンバーで、40代のベテラン捜査員だ。東城も一緒に仕事をしていた。他のメンバーと同様、福岡がどこかから引き抜いてきた優秀な男だ。 異動になったことは東城は知らなかった。 広瀬の父親の広瀬信隆が書いたそのノートには、警察庁の研究費の横流しと裏金作り、その使途や背景、関係者について書かれている。広瀬信隆の友人に預けられ長年隠されてきた。東城と竜崎がその友人の遺族から提供をうけたのだ。 だが、入手後すぐに広瀬の発砲や行方不明の事件がおき、ノートは福岡の手元に残されたままになっていた 「行った先の部署では、『Nノート』と呼んでいるらしい。信隆の頭文字のNだな。どこかの誰かがカッコつけて命名したそいつが、まだ、俺のところにあるのかと問い合わせてきた」 福岡からの呼び出しが、広瀬の父親が残したノートの件だったとは考えてもみなかった。 あのノートのことは心の中で引っかかってはいた。だが、考えないようにもしていた。 数少ない父親の遺品を広瀬に見せたいと思う反面、彼がそれを見てどう思うのか心配でもあったのだ。 東城は、福岡との会話を続けた。 「それで、どうされたんですか?」 「俺からはなんだってそんなこと聞いてくるんだって質問し返した。その質問への回答の代わりに、田代はNノートを見せてほしいって言ってきた」

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