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第120話
「福岡さんのところにまだあるってわかったんですね」
福岡は肩をすくめる。「そうなんだろうな。面倒だからその質問は無視してたら、今日、田代がアポも入れずにやってきて、是が非でも見せて欲しいって言ってきた」
「田代警部補はノートの中身を以前見たことがあるんですか?」
「俺がわざわざ見せたことはない。異動前に俺に隠れて金庫から出してこっそりで見たのかもしれない」と福岡は答える。「今日の田代があんまりしつこいんで、ノートを渡してみせたら、そのまま持って逃げた」
「逃げた」と東城は繰り返した。なんでそんなことになるんだ、と思う。福岡は重大事に平気な顔だ。むしろ東城の反応を面白がっているような雰囲気さえある。いらっとしたら負けだなと、表情には出さないよう努めた。
「正確には、俺に黙って『Nノート』をもって、挨拶もせずに立ち去った」と福岡は続けて言った。「会議室で話をしながら見せていたんだ。俺が忙しくてちょっと席をはずしたら田代もノートもいなくなっていた」
東城が黙っていると福岡が続ける。
「俺は、驚かなかったけどな。田代がノートを盗んで異動先に行きそうだというのは、お前だって予想つくだろう」
「そうですね。警戒します」
福岡は箸を持つ手を上にあげ、箸の先で東城を示す。
「お前ならどうする?」
東城は福岡のわざとらしい下品な仕草に眉をひそめた。
「えっと、どうするとは?」
「いかにも持ち逃げしそうな元部下が会いに来たら」
「どうするって、福岡さんはどうしたんですか?」
福岡は黙って箸を東城に向けながら、黙って答えを待っている。
「まさか、と思いますが、俺に田代警部補からノートを取り戻してこいとでもいうんですか?」
福岡は、残念そうにため息をつき、箸を下ろした。
「お前、本当に考えが浅いな」
「『まさか』って言ったじゃないですか」
「まさかすぎるだろう。経産省に出向中、のお前がどうやって田代からノートを取り戻せるんだよ」
福岡の言葉で、『経産省に出向中』という言葉が区切られていた。
「どういうことですか?」
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