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第125話

広瀬は、リビングで水割りを飲みながら東城の帰りを待っていた。くたくたではあったが、今夜は顔を見たい気分だった。 そして、連絡してきた時間通りに、東城が帰ってきた。 広瀬は、ソファーから立ち上がり、速足でリビングを抜けて廊下に出た。 東城は、玄関を上がり、雨で濡れた上着を脱いでいるところだった。 「タオルいりますか?」と広瀬は聞いた。 彼は、微笑して首を横に振った。「いや、大丈夫だ。タクシーで家の前まで来たから、濡れたのは少しだけだ。それに、すぐに風呂に入るよ」 優しい視線を自分に向ける彼が、いつもより疲れているように見えた。 どうしたんだろうか。 仕事の疲労とは違う感じがする。 広瀬の懸念をよそに、彼は、上着を腕にかけて、すたすたと浴室に向かっていった。 後ろから見ると、髪の毛も濡れていた。雨が強く、タクシーから家までのわずかな距離でも、かなり濡れてしまったのだろう。 東城を待ちながら、広瀬は、片手にロックグラスをもち、1階の庭に面した大きな窓から外を見た。 大雨が窓ガラスにあたり、流れていく。 庭の灯りが水で拡散し外の木々はほとんど見えない。 夜の湖の底から上を見上げているようだ。ゆらゆらとした視界は全てが不確かだ。そのなかで窓に自分がうつっている。庭も自分もぼんやりとしている。 東城と話をしたいと思っていたのだが、いざ帰ってきた彼の顔をみたら何から話したらいいかわからなくなってしまった。 彼は疲れていて、忍沼の話をするのは悪い気がする。 負担をかけているのだ。心配性と知っていて心配ばかりさせている。広瀬にもその自覚はある。

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