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第127話
「ああ」と東城はうなずいた。それから口を開く。「今日、福岡さんに会った。俺、今度、警視庁の福岡さんのチームに戻ることになった」
「それは」と広瀬は言って口を閉じた。しばらく間を開けてから言った。「おめでとうございます、ってことなんですか?」
広瀬の質問に東城は苦笑した。
「めでたさも中くらいなり、かな。晴れて本庁に戻るんだからおめでとうといえばおめでとうだ。だけどなあ」
東城のグラスの中で氷がカラカラと鳴った。
彼は、広瀬に、田代警部補が環境系の部署に異動したこと、広瀬の父親のノートについて問い合わせてきたこと、それで福岡が自分に戻ってこいと命じたことを手短に説明した。
その話で、東城の疲労感の理由が広瀬にもわかった。
「『Nノート』ですか」と広瀬は呟いた。
自分の父親が残したノートがあることは、東城から聞いてはいた。福岡がそのノートを持っていることも。
以前、東城はノートを福岡から返してもらい、広瀬に渡そうか、と言っていた。本来は、お前のものだ。あのノートは広瀬信隆の遺産だ。お前は相続人なんだから、所有する権利がある。
広瀬には、その時は、父のノートのことはぴんとこなかった。父が生前取り組んでいた仕事のために、多くの人が翻弄されている。自分も渦に巻き込まれた一人だ。
ノートが福岡の手元にあり、そのまま人目に触れずにいるのであれば、それはそれでよい、と思ったのだ。時が来たら、見たくなるかもしれないが、今は、考えられない。
だが、そのノートが注目を集め、東城を巻き込もうとしている。
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