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第128話
「東城さん」と広瀬は言った。「どうしても、本庁に戻らなければならないんですか?」
「もう、戻るって言っちゃったからな。後悔してないって言えばうそになるけど」と東城が答える。
「だったら、今日の今日のことですよね。まだ、辞令が正式に出ているわけでもない。福岡さんに電話をして、断ったらどうでしょうか」
「そうだなあ」と東城は言った。だが、彼はグラスを口に運ぶだけで、それ以外何かをしようとはしない。
「戻るんですか?」
東城は曖昧な表情をして自分を見ている。
「戻れる機会は少ないからな。これを逃したらすぐに本庁は無理だろうな。そう思うと」
広瀬は彼が言葉を続けるのを遮った。「もし、俺が反対したら?」
「反対って、本庁に戻ることにか?」
広瀬はうなずいた。東城のとまどった目を覗き込む。彼の心の奥を知りたい。本当は何を望んでいるのか。彼の言葉通り本庁に戻りたいのか、不平は言うものの心の隅では尊敬している福岡のもとで働きたいのか、広瀬の父親の残したノートに関わる必要があると思っているのか。
広瀬には彼の目からは何もわからない。
そして、東城は、ふいに表情を変えた。面白がるような目になる。
「お前の大事にしてる憲法の職業選択の自由はどうなったんだよ」
まじめな話をしてるのに、すぐに混ぜっ返すのだ、この人は。だから、「それは、俺の仕事の話です」と広瀬はまじめな声で答えた。「東城さんの異動とは違います」
彼は、わざと驚いた顔をしている。「えっと、論理がよくわからないんだが」
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