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見上げていた景色が急に対等に変わってしまうと、嬉しさよりも戸惑う気持ちの方が強くなって、顔を見るのも何処か気恥ずかしい。 「遅い成長期かねぇ」 なんてクスクスと笑いながら、咲里は話すけれど、情事の前だけは止めてほしい。 何というか、気が萎える。 そう思うものの、やっぱり言葉をうまく生み出すことは難しくて。 言葉の代わりに口で塞いで、代わりに生み出した嬌声が交わる度に吐息と変わる。 掠れたような甘い声を聞けるのは自分だけだと。 そう思いたい気持ちはあっても、これがまた、なかなかどうしてうまくいかない。 『好きなのは、俺だけなのか・・?いや?だったら一緒にいないはず』 自転車を押しながら、ふと咲里に視線を向けた。 まっすぐ前を見て歩く彼の瞳は少し青みがかかって綺麗だといつも思う。 『これ?カラコンだよ。色々な色があるんだ』 『・・そうなのか?』 『うん。眼科で紹介されるコンタクトレンズも透明なものばかりじゃなくて・・』 『ふうん』 『・・・・・・・』 『ん?』 『ううん。君の目は綺麗だと思って』 『は?』 『フフフ・・ごめんね。気に障ったら。でも、本当にそう思ったんだよ?』 そう言って困ったように笑う顔を見て思う時がある。 咲里は、どこか危うい。 しっかりと地に足がついていない自分が言うのもおこがましいと分かってはいるけれど、ちゃんと繋ぎ止めておかないと、いつかフラフラと何処かへ行ってしまいそうな気がする。 安心したいのに、不安ばかりが強くなって。 確定よりも不確定要素ばかりが増えていく。 幾度も繰り返す自問自答の言葉が、いつか冷えて。冷え切った末に氷になって。 相手を腐らせる枷にならないように。どうしてか、そんなことを考える日が多くなった。 違う電車に乗るからと駅で別れて、帰りに駅で再会してみれば『くれるというから貰ってきたんだ』と言いながら困ったように受け取った品を見せてくれる。 「・・・・・・・・」 その度に彼の背に映る誰かの影を想って、沸々と煮えたぎる感情を拭うことが出来なくて。 『浮気性ってわけじゃないんだよな。スマホも何故か寄こしてくるし。ていうか、携帯を携帯しないのもどうかと思うんだけど?』 「・・・あ」 「?」 「ほら」 「・・・あ」 咲里の声に、うーんと考えながら歩いていた圭一の足が止まった。 「雪だ・・」 少しばかり肌を刺す風の冷たさに紛れるように、月の無い深い群青から落ちる白を見る圭一の目が丸くなる。 何度も瞬きを繰り返しながら、隣に立つ咲里に視線を向ければ、マフラーで口元を隠したまま、フフフと微笑んでいる彼の瞳が見えた。 「・・・・・・」 「雪。明日はきっと積もると思うよ?」 「・・・・・」 「楽しみだねえ」 終わりの見えないしんしんと降る雪と、歩く二人の頭の上を街灯が優しく照らしている。 長く伸びた影はやがて消えて。 きっと次の日には、切り取った一枚の絵画に映る被写体のように、その身を自ら変えていくのだろう。 「・・・雪か」 「明日の朝。見てみて。びっくりするから」 「・・・さぶっ!」 考え事をしていたせいか、飛んでいた意識が急に戻ってくる。 「は、早く帰ろう」 「そうだね。早く帰ってこたつをつけなきゃね」 「・・ああ。そうだ」 「でもその前に、お風呂かな」 「・・なんで風呂?」 「何でって・・冷えちゃったから?」 「ああ。じゃあ、お前から先に入れよ。その間に野菜切っとくから」 「え?いいの?」 「ああ」 他愛も無い話をしながら歩く。 寒いはずなのに、何処かポカポカと温かい気がするのはきっと気のせいではないだろう。 「・・・うん・・だな」 「・・?なに?」 「いや。何でもない」 「ええ?何?気になるよ?教えてよ」 「教えない。多分、笑うだろうから」 「ええ?笑わないよ?」 クスクスと二人で笑いあって。アパートに帰ってみたら部屋まで氷点下で。 でもそんな時間がどこか愛おしくて。忘れたくないと圭一は無意識に思った。

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