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第64話
「いやそんなことないよ、ありがとう。それにしても...そうか、出掛けたばかりか」
「うん...寮の中の店に買い物に行くぐらいだったら、そんなに遅くはならないと思うけど...あ、なんなら俺の部屋で待つ?近いから行き来とか面倒くさくないよ」
「え?君の部屋に?」
まさかの言葉に俺は素で驚く。
初対面ですぐにお人好しな性格なのだな、ということは分かってはいたのだが...ここまでお人好しだとは。
普通、初めて会った奴にこんな親しく接してくるものだろうか...名前も知らない、会って数分の相手に。
「ん?そうだよ。あぁ、もしかして俺の同室者のこと気にしてる?それなら大丈夫、俺1人部屋だから。なんか去年まではちゃんといたんだけど、家の用事やらなんだかで中退しちゃってさ」
戸惑う俺を見て何やら違う解釈をしている男子生徒。...無自覚か、無自覚でお人好しなのか。
なんだか社会に出たらすぐに詐欺師に騙されてしまいそうだな、といらない心配をしてしまう。
「どうする?」
こてんと首を傾け、訊ねてくる男子生徒に俺は...
「じゃあ、お言葉に甘えて上がらせてもらおうかな」
素直にそうさせてもらうことにした。
特に何か考えがあったわけでもないし、この人物と一緒にいて利益も何もないのに。
別に一端部屋に帰って、しばらくしてからもう一度綾西のところに行けばいいだけの話だ。
だけど、そうはしない。
ただ単純に、もう少しこの人物と話してみたい...そう思ったからだ。
「おっけい!俺の部屋はあそこ!な、近いだろ?」
男子生徒が指差した部屋はここから3部屋分、離れたところにあった。
そして、そう言うやいなや男子生徒はそこへ向かって歩き出す。
「あ、ちょっと待って」
「ん?どうかした?」
足を止め、俺の方を振り向いてくる。
―なんだか、照れくさい...
「今更なんだけどさ...自己紹介。俺、千麻 愛都っていうんだ。君の名前を教えてくれないか?」
「ああ!そうだ!自己紹介がまだだったね、俺は羽賀 里乃(ハガ サトノ)好きに呼んでよ!俺は、なんて呼べばいいかな?」
「うーん、俺も好きに呼んでくれてかまわないよ」
「了解!じゃあ愛都で!!」
その瞬間、胸がドキリと高鳴った。まるで本当に宵人に呼ばれたように感じる。
自然と俺の頬は緩み、笑顔になる...作りものなんかじゃない、笑顔にだ。
「うん。俺は...基本呼称は上の名前だから、羽賀君で。...でも、2人でいるときは、」
愛都と呼ばれたときに感じた胸の鼓動。もっと聞きたい、その声が...
他の奴らとは違う...この目の前の人物は俺にやすらぎを与えてくれるんだ。
だから君だけ特別扱い。
「里乃って呼ばせて、」
久々に頬が熱くなるのを感じた。
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