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第89話※
「...クソっ!」
「っ!...ひどいよ、綾西君」
「うるさい...うるせぇんだよ!お前のせいで俺は...っ、」
「何やってるの泰地!愛都君を殴るなんて許さないよ」
俺の手を掴む千麻の手を強くはたき落とし、怒りのまま手を振り上げると同時に聞こえた、弥生の声。
それは俺が初めて聞く、威圧をこめた...強い口調のものだった。
「あ...やよ、い...」
「大丈夫、愛都君?怪我してない?」
だがすぐにそれはいつもの...いや、いつも以上に柔らかく、優しい口調へと戻る。
...千麻に対する態度の変化によって。
―俺のことなんて全く見てくれない。
「大丈夫だよ。それより綾西君、少し痩せた?...ちゃんとご飯食べてる?」
「っ、触るな...」
「うわっ、」
ツゥと頬をなぜられ驚き、俺は距離をとろうと千麻の体を押した。
...それは弥生もいた手前、“軽く”したものだった。しかし千麻はまるで強く押されたかのようによろめき、そのまま床に尻もちをついた。
「愛都君!」
千麻に駆け寄り、視点を合わせてしゃがみ込む弥生。
何でもない、という風に笑う千麻。
まるでこれでは俺が悪者みたいじゃないか。
「なん、だよ...俺は軽く...っ、強くなんて...」
「言い訳しないで泰地。」
そして向けられる弥生の突き刺すように冷たい瞳。
「やよ、い...嫌だ...そんな目で見ないでよ。そんな目で...」
初めて向けられる表情。
俺が最も向けられたくない...眼差し。
―嫌だ、そんな...俺は弥生に見捨てられたくないのに...
俺の目は自然と開き、呼吸は浅くなっていく。
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