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第90話※

 「あとで...いや、今保健室に行く?」  「ううん。どこも怪我してないよ。それにただちょっと倒れちゃっただけだから平気。」  「本当...?じゃあ、もし後ででもどこか痛くなったら言ってね!」  「うん、ありがとう沙原君」  俺のことなど眼中に入れず千麻をただひたすらに心配する弥生。  「弥生...っ、」  「あっ、待って綾西君!」  2人の姿を見ているのが辛くなり、俺は背中を向けて駆けだした。  走って走って、息が切れて苦しくなって。それでも...フラフラになりながらも走る。  あっという間に2人の姿が見えなくなっていても、俺は構わず足を動かし続けた。  「おっと、危ない。廊下は走っちゃいけないんだよ?たーいち君」  だけどそれも止められる。 ...今まで俺が見下してたやつらによって。  「どうしたの?すっごい息切らしちゃってさ」  「まぁ、でも俺らにはそんなの関係ないけどね」  掴まれる肩。そして近くの男子トイレへと連れて行かれる体。  「それじゃあ今日も楽しもうよ」  静かな周囲。そこに響く、肉を殴る鈍い音。肉を蹴る鈍い音。――俺のうめき声。  体中の痣の上に重ねるかのように何度も何度も力が加えられる。  ひどい激痛が走る。だから痛い、というがやつらはそんな俺を見て楽しそうに笑うだけ。  ―誰もやめてくれない。誰も助けてくれない。  苦しい、辛い中、思い出すのは弥生のことだけ。  だけど...どうしてか、いつもの弥生を思い出すことができなかった。 さっきまでは...体育館で弥生と千麻がいるのを見るまでは思い出すことができたのに。  けれど、どんなに思い出そうとしても...いつもの弥生の顔を思い出すことができない。  ― 俺を見ない弥生  ― 千麻を見つめる弥生  ― 俺を冷たい瞳で見下す弥生  ― 千麻を愛しそうに温かな瞳で見守る弥生  「あれ...弥生が最後に笑顔を向けてくれたのって...いつだっけ?」  殴ってくる奴らも消え一人、床に倒れこむ俺の頬には、溢れるほどの涙が流れポタポタと床にいくつもの涙の跡をつくった。

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