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第98話※
「たい...ち...?」
「...っ!?」
俺の名を呼ぶその声を聞いた時、俺は心臓が締め付けられる思いに駆られた。
「弥生...」
顔だけ後ろに向ければ、茫然と立ち尽くす弥生の姿が目に入った。
その姿を見た時、急に俺の中の千麻に対する支配感が消え失せた。
―弥生に...見られた。いつからいたんだ。どうしよう、弥生に嫌われる。また、弥生に嫌われてしまう。同情さえもしてくれなくなる。
そうして突如俺の中に生まれた感情は、焦りだった。
―とりあえず、千麻をどうにかしなければいけない。でも、どう取り繕えばいい?今すぐにでも千麻に頼み込んで上手く切り抜けてもらうか?この俺が、千麻なんかに頼んで...
「...確かに、無傷はありえないな」
「...は?」
弥生の登場に焦って緩んだ、千麻を掴む手の力。
千麻がぼそりと呟き、俺が前を向いた瞬間。
「だから、どうした」
千麻は弥生に見えないよう、上手く俺の手を自分から外し、
「愛都君!」
そのまま―――自ら階段を転がり落ちていった。
人が物にぶつかり、転がり落ちる鈍い音。そして弥生の悲痛な叫び声が階段をこだました。
そうしてその音が止んだ時には弥生は俺を横へ押しやり、床に倒れこんでいる千麻の元へと駆け寄っていた。
「ちが...俺は...押してない。こいつが勝手に...落ちてったんだ。自分で...」
「ひどい...ひどいよ!!愛都君が何をしたっていうんだ!」
「弥生、信じてよ...ッ、本当に俺は何も...むしろ俺は被害者なんだ。ねぇ、こいつのせいで俺はさ、今...」
「うるさい!何が被害者さ!愛都君は...愛都君はただ泰地と仲良くしたくて...一生懸命になってたのに...それなのに、そんな愛都君に対して泰地はこんなひどいことを...。」
徐々に短く、そして頻回になっていく呼吸。
この現実を見ていたくなくて目を閉じたいのに、瞼はいうことを利かず、限界まで開いたままだった。
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