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第102話
「...あや、にし」
ズキズキと痛む、頭をどうにかする間もなく、今度は肩を引っ張られ仰向けにされた。
ぐわぐわと視界が歪み、上手く焦点が合わせられない。
―クソっ...油断してた。
綾西は上に跨ると俺の首を掴んで弱くだが力を入れてきた。
細められる気道。呼吸はできたがどこか息苦しく、荒くなってしまう。
「お前にも...まだ、そんな力残ってた、んだ...っ、」
漸く、焦点が合ったとき、俺は少しでも主導権をとられないようにと余裕のある笑みを作った。
だが綾西はあの暗い目をしたままで前と違い、そんなことでは動揺を見せてこなかった。
「...俺、わかったんだ...俺は、1人じゃないって、」
ぽつりぽつり、と言葉を紡ぎだしていく綾西。その言葉に愛都は眉をひそめる。
「俺の本性を知って...悪い部分を知って、それでも俺に関わってくるやつ、俺を見てくれるやつは今までいなかったけど...だけど今は違う。初めてそういうやつが現れたんだ」
「千麻、あんただよ」そう囁かれ、俺は顔を引きつらせた。
「そう気がついた瞬間、あんたに対しての憎しみが消えた」
「...何を言ってるのか...さっぱり、だな」
「いいや、隠さなくていい。俺は信じてたんだ...きっとまたあんたは俺に会いに来てくれるって...そしたらどうだ、その通りになったんだ。そんなやつ、千麻が初めてなんだ。俺は千麻が必要だって改めて確認させられた。なぁ...お願いだよ、なんでもする...何でもするから、俺をそばにおいてくれよ...っ」
そう言い首を絞めていた手を離して、急に涙を流し始めた綾西は俺の胸に縋り付いてきた。
予想外の言動に対し、俺は一瞬困惑した。
どうやらあの時、叶江が言っていた言葉の本当の意味はこういうことだったらしい。
悔しいことだが、叶江は綾西がこうなると予想していたんだ。
―でも、その先は?叶江はどう予想したか、
...きっと、懇願する綾西を冷たく見捨てると思ったはずだ。
あいつは俺のことをわかっている。俺がどれだけこいつらを憎んでいるか。
もしこれで俺が綾西の手を取れば、綾西は再び闇から救われるということになる。
「千麻...千麻...っ、俺には千麻しかいないんだ...っ、」
しかし、手をとらなければ...
― 面白い。いい機会だ、俺の欲望のままこいつを見捨てて叶江の考えた物語の上を歩くとは限らない、ということを叶江にも教えてやろう。
「俺には、あんたしか...っ、何でもする、から」
「...何でもするって?」
「千麻の言うことなら何でも聞く!だから...だからっ、」
「都合のいい言葉だな。お前、忘れたわけじゃないだろう、宵人のこと。俺はそのことについてお前を許すことはない。愛してもやらない...一生」
「...っ」
「...でも、これから先、お前が俺の命令を全て受け入れるんなら、他の奴らとは違ってお前だけ特別にそばにおいてやってもいい」
俺がそういい笑めば、綾西は涙と鼻水で汚れた顔のまま目を輝かせた。
「それで...いい。千麻のそばに、」
近づいてくる唇。俺は綾西の首に手を回し、それを受け入れた。
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