105 / 140

第105話

 『宵人さんは奇跡的に意識を回復させましたが、首吊りによる自殺を図った際、血液が脳に供給されなくなってしまいそれが原因で脳機能に影響を及ぼしてしまったようです。  首を吊った状態が長ければこういった後遺症を残すこともあって...――』  そう、説明する医者の言葉は重く、愛都は茫然としてそのことを聞いていた。  言語、認知、行為、記憶などの高次脳機能が脳損傷のために障害を起こしている状態のことを言うらしい。  ―だから、か。俺が話しかけても何も反応せず、ボーっと窓の外を眺めていたのは。  病院の待合室で何度も何度も先程の宵人の様子を思い出す。本当、あの姿は人形のようだった。  「...でも、目は覚めたんだ」  それだけでも十分喜ばしいことではないか。  それに話すことなどは、これからリハビリをしていく中、生活していく中で回復していく可能性もある、とも医者から言われた。  宵人はまだこれから。漸く第一歩を踏み出したのだ。  ...それにしても、  随分とタイミングが重なったものだな、と思った。  綾西が完全に堕ちた頃、宵人は目を覚ました。まるでそのタイミングを狙ったかのように。  ―復讐が1つ成功すれば宵人も回復した。    非現実的な考えだが、そうも捉えられた。  それじゃあ1人、また1人と堕としていけば...最後には宵人も前のように...    そんなことなどあり得ない。そう頭の隅では思っていても、愛都はその考えをやめることができなかった。  「やぁ、宵人目が覚めたんだろう」  急に目の前に影ができ、顔を上げればそこには叶江が1人おどけたように笑って立っていた。  「...なんであんたがここにいるんだよ」  「まぁまぁ、そんな低い声出さないでよ。俺、ビビっちゃうじゃん」  誰が見ても分かりやすいほどに、苛立ちを表に出す愛都を見て叶江はそういいながらも笑顔を絶やすことはなかった。  そんな叶江を見ているのが嫌で、愛都は立ちあがると叶江を押しどけ病院の外へと向かう。  なぜこんな所に叶江が来ていたのかは謎だが、そんなことは関係ない。  叶江は愛都を苛立たせる存在なだけにすぎなかった。  「あーあ、つまんないの。宵人も目覚めちゃうし.....まぁ、どうせまたダメになっちゃうんだろうけど」  だから、無表情のままそういう叶江のことなど愛都は知りもしなかった。

ともだちにシェアしよう!