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第115話
強い風に揺れる髪。フェンスに寄りかかって立っている男は無表情で愛都のことを一瞥した。
「要件は?」
手短に終わらせてさっさと叶江の元を去ろうと思い、そう話しかけるが当の本人は口を閉ざしたまま無表情を突き通していた。
「ないなら、帰るぞ」
いつもながら、謎なこの男だが今日は一段と面倒くさい。呼び出しておいて、だんまりとはなんだ。
募っていく僅かな苛立ち。しかし愛都は発言した言葉とは矛盾して叶江からの要件を待った。
それはこの男からどこかおかしさを感じたからだ。
いつも人をバカにしたような、見下した笑みを浮かべるその表情は崩れ去り、人形のように微動だにしない。
怒っているのかどうかもよくわからない表情。
「“あれ”は何でいるんだ。」
「...“あれ”?」
そうして、しばらくして向けられた問いかけに、愛都は一瞬理解することができなかった。
「何でお前の隣にいるんだ」
一歩ずつ、ゆっくりと愛都に近づいてくる叶江。
「あぁ、綾西のことか。...はっ、いいだろ別に。俺があいつを可愛がろうが、そばにおこうがお前には関係のないことだ。」
「 ダメだ。俺の言うことを聞け 」
「...お前に指図される覚えは...――う゛ぐっ!...ぅ、」
突如振り下ろされる拳。咄嗟に避けようとしたが、反応するのが遅かったせいで避けきれず口元を強く殴られた。
微かな鉄の味が口内に広がる。
「今すぐあいつを捨てるんだ。お前は奴らを排除するんだ。俺を楽しませるために」
「 嫌だね 」
血の混ざった唾液を吐き捨て、叶江を見据える。
愛都の返答に叶江は眉をピクリと動かした。そしてその瞬間、脇腹に走る衝撃。
あえて避けなかった愛都はもろにそれを受け、地べたにその勢いのまま倒れこむ。
「何度も言わせるな。俺の言うことが聞けないの」
仰向けに倒れている愛都の上に跨り、叶江は顔を近づけてくる。
「面白いと思ったから傍においてやったんだ。俺が望む限り、綾西は俺の元においておく。親の力を使ってでも、あんたの手であいつを排除するなんてこともさせない」
そう言えば僅かに叶江は目を細め、苛立ち気に愛都の頬を殴った。
じん、と痛む頬。口の端から僅かな血が流れ出る。
理不尽な暴力。しかし、今はとても気分がよかった。これほど暴力に対して悦に浸ることができるとは思わなかった。
あの叶江を取り乱せたという事実がおかしくてしょうがない。随所に見られるいつもとは違う口調がさらに愛都を喜ばせた。
ニヒルに笑う愛都。そんな愛都を叶江は冷たく見下ろした。
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