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第128話

 「 愛都君 」  同時に後ろから聞こえてきたのは先程までとは違い、グッと低くなった沙原の声。  「今、何話してたの?」  愛都の腕を掴んで口元に笑みを浮かべている沙原だが、目は笑っておらず、瞳孔が開いているのか瞳の黒目の部分がやけに大きく見えた。  「ただ何を見てたのか聞いて、教えてもらってただけだよ」  「それだけじゃないでしょ?それにしては今、少し会話が長すぎだよね?」  「本当だって。沙原く―――」  「嘘だ!ねぇ、どっかに行く気?僕から離れようとしてる?愛都君、そうしようとしてるでしょ。」  口を開くたびに腕を掴む力は強くなり、愛都は顔を僅かにヒクつかせる。  香月と話をしてるところを見られれば沙原がこうなることは分かっていたが、それでも分かりやすいその行動につい笑ってしまいそうになった。  「分かった。分かったよ。本当のことを言う。だから少し落ち着いて、沙原君、」  「やっぱり嘘ついてたんだ!」  だが沙原は愛都の言葉を聞いて落ち着くどころが眉間に皺をよせて怒りを表してきた。  ついには指痕がついているのではないだろうか、と思わせるほど強く腕を掴まれる。  「確かに俺は今、香月君と別の話もしたし、沙原君と別行動をしようともした」  「...ッ!ほら、僕の言った通りだ!愛都君は、―――」  「でもそれは君のためだよ!...俺は今...沙原君のためにこっそりプレゼントを買おうとしてたんだ。」  「...え?」  その瞬間、沙原は掴んでいた手の力を一気に弱め、顔を呆けさせた。呆気にとられたように口を開け、ぱちぱちと数回まばたきをする。  「沙原君にはいつもお世話になってるからね。それでさっきはどれがいいか香月君に話を聞いてたんだ。沙原くんをビックリさせたくて...」  「そう...だったの?...あっ、えと、ご、ごめんね愛都君っ、!僕...そうとは知らずに勝手に怒って、嘘吐き...だなんて、」  「 沙原君 」  「あっ、愛都く、ん」  愛都の言葉に顔を白くさせ、あたふたとし始めた沙原の両頬を手で包みこみ、顔を上げさせる。  「それじゃあ俺はちょっと出掛けてきます。―――沙原君、ビックリさせることはできないけど、楽しみにしててね」  そっとおでこにキスをし、笑めばそれだけで沙原は顔を真っ赤に染め、頷いた。  それを確認して沙原から離れ、歩き出せばすぐに永妻が目の前に現れる。  「千麻...ッ、今弥生に...」  「キスだけだよ。それとも何、唇にディープなものをした方がよかったか?」  「この...ッ!」  「言っておくけど今ここで俺に何かしたらお前は確実に沙原に嫌われるよ。...綾西の時みたいにな、」  「...っ!」  後ろの方にいる沙原の存在を出し、永妻にだけ聞こえるような小さな声でそう言えば、今にも噛みついてきそうだった永妻は拳を握りしめて俯いた。    そんな永妻の姿を見て愛都は鼻で笑うと横を通り抜け、店を出た。  「綾西、俺は香月とあそこのトイレに行ってくるから。もしも沙原か永妻が来ようとしてたらすぐに連絡しろ」  「...分かった」  いつの間にか外に出て傍にあるベンチに座っていた綾西にそう言えば、拗ねたような返事をされる。  今日はベタベタしてくるなと言いつけていたため、それを守っていた綾西は不満が酷く溜まっている様子だった。  「俺には、でこにチューしてくれないの?」  先程の沙原との出来事をみていたのか、綾西は口元をへの字に曲げたまま、チラリと目の前に立つ愛都の顔を覗き込む。  「バカか。お前に今そんなことをして俺に何の得がある。調子に乗るな」  「...ごめん。」  「お前にはちゃんと約束があるだろ。その時にいくらでしてやるから変な嫉妬を向けるな。煩わしい。」  「...っ、愛都、」  一時は泣きそうに顔を歪めた綾西だが、すぐに目を輝かせる。  愛都自身、そこまで喜ばれるとは思わず、つまらなさそうに綾西から視線を外した。  そして再び足を踏み出し、綾西に背を向けると今度こそ香月の元へと歩き始めた。

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