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第133話
つい先程まで何とも思っていなかった行為。宵人のためなら自分のことなどどうなっていいと思っていた。誰にどう思われようとも気にしない。...――― そのはずだったのに、
― こっちに、来ないでくれ...
願うのはそのことばかり。しかし、無情にも足音は止むことはなく、ついにすぐ近くまでやって来た。
「ねぇ、誰か――― 」
そして里乃の影が見えたその時、
― ガタンッ!!
香月がいるであろう方向から何かが倒れるような大きな音が聞こえた。
「香月君?」
心配そうな声とともに離れていく足音。
「...っ、」
そしてこれを機とばかりに、愛都はふらつく体に叱咤して玄関へと向かい、静かに部屋を抜け出した。
― 大丈夫。見つかってない。絶対に見つかってない。香月には昨日のうちに俺が泊ったことは誰にも言わないように、と注意した。
扉をそっと閉め、自室へと向かう足。
「ぁ、おかえり愛都 」
誰に見られることもなく自室に入れば、ちょうど洗面所から出てきた綾西とはち合わせた。
「...っ、」
「う、わ、わ、わっ!!えっ、ま、まなと!?」
靴を脱ぎ捨て、愛都は綾西に歩み寄るとそのまま胸倉を掴み、壁に押し付けた。
その力の強さに小さく呻く綾西。しかし愛都は押しつける力を弱めようとはしなかった。
「なぁ、綾西。俺は、汚いんだ...すごく...すごくすごくすごく、」
囁きかける愛都の声は震えていた。そして、綾西の胸倉を掴むその手も、震えていた。
「そんなこと、わかってるんだ。そんなこと...」
不安定な精神。愛都自身、自分の口から紡がれる言葉に戸惑いを感じていた。
里乃に本当の自分の姿がバレてしまうかもしれない。そう思った瞬間から、中々理性が戻らなかい。
「覚悟してたはずなのに...」
愛都自身、気がつかない間に溜まっていた不安。
押し隠していた感情。
動揺から理性が弱まってしまった今、その感情は止まることなく流れ出ていく。
所詮は大人になりきれない子どもなのだ。
「俺は...俺は――― 復讐をするんだ、」
言い聞かせるように出た言葉。しかしそんな言葉とは裏腹に弱まっていく手の力。
いつしか震えるその体は綾西に抱きしめられていた。
「 あぁ、早く壊れてくれないかな 」
震える愛都を抱きしめ、蕩けるような笑みを浮かべる綾西。そんな綾西の呟きは今の愛都の耳には届いていなかった。
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