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第136話

 「おい、その痕は誰につけられた」  「...え、」  怒りが含まれたその声音に愛都は思わず動きを止めた。  夜になり、いつもの通りに香月の性処理を終え、部屋に戻ろうと着替えていれば予想外の言葉を投げかけられる。着替えている今は部屋に明かりをつけているが性行為は暗がりで行った。  その時、体のかしこに痕をつけられた。もちろん、首にも。  しかも香月の場合、性行為に夢中になりながらつけるため、どこに痕をつけたなど覚えていないようだった。...――― それにもかかわらず香月は着替えている愛都を一目見て、眉間にしわを寄せ始めた。  「痕って...なんのこと?全部、香月君がつけたやつでしょ?」  「いいや、俺はここにはつけてない。それにこんなに濃くもつけてない」  「...ッ、」  立ち上がり、愛都に近づく香月はスッ、と首筋をなぞり、そして爪をたてた。  「誰につけられた。正直に言え」  いつにもまして威圧的な香月に、周囲には緊迫とした空気が漂い始めた。  下手なうそを言ってしまえば、ここまで順調に進んでいたことがすべて水の泡になってしまう。  「俺以外のやつとも寝てんのか、答えろ」  「...っ、香月君以外のやつとなんか寝るわけないだろ!これは綾西君につけられたんだ。俺によくなついてるから...ごめん、気抜いてたらつけられて、」  眉を下げうつむきながらそう呟く。綾西がひどく愛都に懐いているということは香月も知っている。  これが、一番ことを荒げずに済む理由だと思った。  「...香月、くん?」  「...ふん。あいつ、まだ愛都にこんなことしてくんのか。自分の立ち位置わかってねーんじゃねぇの?」  「次からは俺自身もちゃんと気を付けるよ」  「あたりまえだろ。俺以外がつけた痕を見るなんて不快だ」  首から離れていく冷たい手。愛都はホッと胸をなでおろし、ベッドに再び横になった香月を一瞥した。  「そういえば、修学旅行ももうすぐ終わりだね。...あっ、そうだ、明日の夜は荷物の整理をするから来れないんだ」  長かった旅行も今日を含めてあと2泊3日。明日の夜は今の調子だときっと綾西との約束を守ることになりそうだった。  ― アメと鞭。命令を聞いた綾西にはとっておきの、甘い甘いアメを、  「だから香月君、夜はできないから...また明日の昼にね、」  服を着替え終え、ニコリと笑みを向ける。それに対して香月はニヒルに笑った。  ――  ―――――  ―――――――――――  時刻も遅くなり、人気のない廊下。香月の部屋を出た愛都は黙々と歩きながらすぐ近くの自室へと向かっていた。  ― ガチャ、  「...?」  夕方に出てから一度も戻ってきていない、部屋の中は暗かった。しかし、玄関には何かがいた。そしてビリビリと絶え間なく音が鳴り続けていた。すぐさま愛都は玄関の電気に手を伸ばす。  「...ッ、あや...にし、お前何してるんだ、」  明るくなった部屋。座り込む綾西。その手にあるのは...――― 里乃が持ってきた写真。  周囲の床にはバラバラになった紙の切れ端。  何をしているのかは一目瞭然だったが、そう聞かずにはいられなかった。  「あっ、おかえり愛都!この“ゴミ”すぐに片づけるから、ちょっと待っててね」  だが振り向き、そう言う綾西の笑顔は影ひとつない、清々しいものだった。  

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