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置いてきたもの

意識が遠のくなか、そういえば彼はノートを返しに来たんじゃなかったかと、思った。 目を覚ますとソファーで横になっていて、カーテンが開け放たれて日の光が眩しかった。目をしっかり開けてみると、キッチンに彼がいた。まんまと泊まられたみたいだが、俺がソファーにいる。彼はどこで寝たんだろう。 「目ぇ覚めたか。大丈夫か? 具合い悪かったんなら言えよ、倒れててビビったわ」 「……どこで寝たんだ、あんた」 「床。あり物で雑炊作ったぞ、食えるか?」 図々しいわりに世話をしてくれたみたいだ。結局床なんかに寝かせてしまったのは、一応申し訳なく感じる。ゆっくりと体を起こした。仕事は昼からだから時間はあるが、体調は回復しきっていないし、彼を追い出す気力も出ない。差し出された茶碗とスプーンは受け取る選択肢しかなさそうだ。 「……どうも」 一人分の空間を開けて腰を下ろしてくる。監視のように手元をジッと見られるので一口食べた。細かく切ったニンジン入りの卵雑炊だ。何か出汁の粉末を入れたのか、素朴でも味わいがあって、……美味しい。彼は俺の控え目な反応を覗き込んで微笑った。 「体弱いのは相変わらずか。お前ほとんど保健室いたよな、カーテン閉め切ってさ。何回か目合ってた気がすんだけど、覚えてるか?」 思い出した。具合が悪くて寝ていると、よく大きな声とともに不良が入ってきた。その一人だった彼がカーテンの隙間からチラリと見てくるのを、俺も見ていた。 「たまに先生も居なくて俺一人の時に世話頼まれてさ、お前のこと見てたんだよ。顔赤くてつらそうな時とか、濡れタオルをデコに乗せたりしたんだぜ」 そういえば。結構な水が滴ってすごく迷惑だった。 「俺とお前全然違うけど、こうして覚えてるくらいには接点あったんだよな。……あ、そうだ、ノートだ」 ソファーに手をついて立ち上がる勢いに、体が少し揺らされた。なんとか食べきれて空にした茶碗をテーブルに置く。 見ても記憶が引き出されない古いノートを持ってきて、彼は再び隣に座った。けれど渡してこずページをめくりだし、ふと止めた所を俺に見せた。 「立花星」 授業の写し書きの端に、綺麗な字体でそう書かれてある。 目を離せず固まった。 すっかり忘れていた。そうだった。俺は……。 「……これ見た時、ただただ意味が分からなくてさ。何で俺の名前書いたんだ、って……、返す時に聞こうと思ってたんだ」 俺は、立花星のことが好きだった。

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