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第5話

「さ・く・ら? さ~く~ら~たん?」  彰が、機嫌をとるような、甘えた声を出して顔を寄せてきた。  フンッと、これ見よがしにそっぽを向いてやる。  俺は、怒ってるんだっ!  許してなんかやるもんかっ!  絶対に許さないんだからっ!  あんな風に、一方的に手でいかされてっ!!  あんな風に、無理やり射精させられてっ!!  あんな風に、喘がされてっ!!  あんな風に、凄まじい快楽を覚えさせられてっ!!  あんな、あんな、あんな……  ……お前、あんな顔でセックスするんだ?    あの顔は、反則だ。あんな顔見たら、一目で惚れてしまうだろ? 「さくらたん、まだ、怒ってるの? 機嫌直して? 今日は休みだから、デートしようって思ってたのに……」  耳をピクリとさせ、思わず反応してしまう。  もちろん、『さくらたん』って寒い呼び方にじゃない。  デート?   「隠れ家的なドッグランを教えてもらってさ。アスレチックもあって、いろんな運動ができて楽しいらしい。平面スペースも十分あるから思いっきり走り回れる。お弁当持って、今日一日、のんびりと過ごそう?」  思いっきり、外を駆け回る……それ、すごく楽しそうっ!  それに、弁当っ! 楽しみ!  彰は、毎日、ご飯を手作りしてくれる。  ちゃんとワンコ用に栄養や味付けを考えくれていて、すごく美味しいのだ。  怒っていたことはすっかり忘れて、彰の膝の上に飛び乗るとぺろりと頬を舐めた。  行こうっ! 今すぐ、そこに出掛けるぞっ!  尻尾が振り切れんばかりにブンブン揺れる。 「じゃあ、すぐに用意して、出掛けよう! デート、デート!」  彰が鼻歌交じりに用意を始める。  デカい図体の大男が、だらしなく顔をほころばせている。  そんなに、俺と出掛けるのが嬉しいのかよ?  お前、本当に俺の事が大好きだな。  知らぬ間に、俺の口元もゆるむ。  そういえば、彰の弁当でピクニックしたことあったな。  ダブルデートのはずが、女子が急にドタキャン。二人で途方に暮れたっけ?  何にもない芝生だけの広場だったのに、案外楽しくて……名残惜しくて真っ暗になるまでそこにいたっけ。  あれって、本当にドタキャンだったのか?   最初っから、誘ってなかったんじゃないのか? 「桜? 用意できたし、出発するよ?」  すっかり定位置になった彰の腕に飛び乗り、向かった先は、車で1時間ほどの山の中。  会員制らしく、俺たちのほかは、数組しかいなかった。  情報通り、トンネルや小高い丘などを配したアスレチックスペースと手入れの行き届いた芝生のフリースペース。  絶妙な位置に木が植えられていて、水飲み場や、トイレ、屋根付きのテラスもある。  俺は夢中になり、思う存分、走り回り、アスレチックを堪能した。  俺のモテモテスキルは、ここでも遺憾なく発揮された。  但し、人間にのみ。先客のワンコたちには全く相手にされなかった。  そもそも、ワンコ同士だからといって、気持ちが通じる訳でも、言葉がわかる訳でもない。  ましてや、ワンコのためのワンコによる言語なんてものも存在しない。 「見たことがない種類ね? すごく可愛いわ、この子。もしよかったら、譲っていただけないかしら?」  冗談! 自分のワンコだけ見てろっ! 「名前なんて言うの? 可愛いね。うちの家に来る? うちの子供たちも歓迎するよ」  誰がお前の家なんかに行くかっ! 「あら、独身の一人暮らしなの? 夜まで一人でお留守番なんて可哀想よ。それって虐待と一緒よ? うちの家なら、必ず人がいるし寂しくないよ」  そ、それは確かに寂しいけど、彰と離れたら、もっと寂しいじゃんっ!!  心の中で反論しつつ、ガルルと思いっきり愛想なしの態度をとってやる。  あんな奴ら、無視して相手をしなければいいのに、彰は、イチイチ真摯な態度で答える。  内心、イライラしつつも、これが彰だよなって思う。  彰は、人によって態度を変えるなんてことはせず、誰に対しても誠実な態度をとる。 「その犬の犬種は何です? どこで手に入れました? 非常に美しく、惹きつけられる……是非、繁殖させたい」  ぞっとするような粘着質な目をした男だった。一目で、悪いヤツだとわかる。 「フラフラしていたのを保護したので、犬種は不明です。あの…他の皆さんにも言いましたけど、こいつと離れるつもりはないので」 「では、貸し出してくれませんか? 1ヶ月、いや、一晩だけでいい。100万出す。それが無理なら、飼い主同伴の種付けだけでもいい。奇跡みたいな犬だ。こんなに魅力的な犬は見たことがない」 「お断りします。どんな条件を出されても、お引き受けするつもりはありません」 「金額か? 300万出してもいい。何なら、そちらの言い値をだそう」 「いえ、絶対に無理なので……失礼します。桜? 帰ろう?」  俺は、素早く彰の腕に飛び乗った。  思いっきり遊べたし、満足した。もう十分だ。  それになにより、あの男が怖かった。何をするかわからない。  男の常軌を逸した危険な視線を感じ、俺は、知らず知らずのうちに背筋を震わせた。  部屋に戻ると、案の定というか予想通りというか、風呂場に連れていかれた。 「あそこに行くときは、貸し切りにしないとダメだな」  俺の体を洗いながら、ボソリと呟く。  確かに、設備が整っていて楽しかった。でも、本当は、どこでもいいんだ。  彰さえいれば、そこが俺にとっては最高の場所だから。 「あいつ、繁殖って言ってたな……」  彰がじっと、俺の目を見る。 「桜さ、雌犬と繁殖したい?」  はあ? お前、本気で言ってるの?   思いっきり睨んだあとで気付いた。  ひょっとして、この流れ……ヤバいっ! やられるっ!!  俺は、慌てて尻尾で股間を隠し、警戒態勢に入った。  昨日みたいに、手コキされたらたまらない。  湯船には浸からずに、勝手にブルブルして風呂場から脱出する。  そんな様子を彰が複雑な表情を浮かべて眺めていたなんて、その時の俺は知る由もなかった。

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