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2,カリスマ
ユーマニオンシリーズ――。
それは1999年放映の『ユーマニオン』、通称・初代ユーマニオンに始まる日本の特撮ヒーローシリーズの金字塔だ。当初は単発の企画だった『ユーマニオン』が五年後の2004年に『真ユーマニオン』として復活し、以降は2005年の『ユーマニオンZ』、2006年の『ユーマニオンオメガ』と毎年途切れることなくシリーズ作品がテレビ放映されている。
主役のヒーローはシリーズを通して“ユーマニオンレッド”と呼ばれている。ある特殊生命体の意志が若者の体に宿り、ユーマニオンレッドとして悪と戦う。この設定は初代ユーマニオンから時代を超え、最新作まで綿々と受け継がれている。つまり各シリーズのレッドは別人でありながら、特殊生命体としての人格を共有する。この部分は他のヒーローものには見られない、ユーマニオンシリーズ独自の要素だ。戦いの痛みと正義の心が、次世代の若者たちに受け継がれていく。この設定がシリーズを通して物語に奥行きを与えている。加えて個々の脚本も人間の本質を捉えようとする挑戦的なものが多い。
この物語の世界を描くのは、日本を代表する映像制作会社・北創(ほくそう)。北創の制作力と映像技術により、ユーマニオンシリーズは重厚な世界観と近未来的な映像の輝きを併せ持つ、本格ヒーローアクションに仕上がっている。それゆえシリーズ20周年を迎える現在、多くの大人のファンを抱えており、単なる子供向け番組としての枠を越え、若手俳優の登竜門的な存在にもなっている。
だからこそ日本中の芸能事務所と若手俳優たちが、ユーマニオンシリーズのキャストの座を狙っている。5歳の時に『真ユーマニオン』を観てこのシリーズに憧れた俺も、その中の1人だ。
うちの事務所からならユーマニオンシリーズのオーディションを受けられる――スカウトされた時、宇佐見のあの言葉がなければ、俺もこの業界に入ることはなかった。それなのに……。
*
ユーマニオンレッドになるために、次こそ上手く飛んでやる――。
そう思えば思うほど、強すぎる自意識が役柄への飛躍を邪魔していた。我ながら笑えてくるくらい肩に力が入っている。だからといって役柄になりきらずにオーディションに望めるほどの実力は今の俺にはなく。
(あー、どうしよ!)
一度はゴミ箱に突っ込んだ台本を手に、俺は身動きが取れなくなっていた。そして無情に時間は過ぎていき……。
「1001番、上岡さん、そろそろご準備を……」
他の候補者がすべて呼ばれてしまったのか、係員がもう一度俺を呼びにきた。
「うわ~、いつきぃい! 今度こそ上手いことやってくれよ~?」
マネージャーは、自分が処刑場へ連れていかれるような顔をして念押ししてくる。俺は黙って立ち上がり、控え室を出た。
不安を映したように生ぬるくよどんだ空気が、審査会場へ続く廊下を包んでいる。その時窓の外で風が吹き、廊下の窓枠に硬い落ち葉を叩 きつけた。落ち葉の壊れる音がする。
いや、今の音は窓の外でしたんじゃない。建物のエントランスからゆったりとした足取りで、誰かがこちらへ歩いてきていた。床を踏みしめるその足音に、耳が引き寄せられる。
振り向くと、ガタイのいい男の姿が目に映った。
シルバーのトレーニングウェアに迷彩柄のジャケット。フードを目深に被っている。歩く姿が異様にさまになっていた。ジャケット越しにも分かるしなやかな肩の筋肉、それから発達した太腿 に目が行った。存在感が普通じゃない。
役者か? そう思って顔を見た時、俺は既視感に息を呑 んだ。ラテン系を思わせるくっきりとした目鼻立ち。麻布のように日焼けした肌。年の頃は30くらいだろうか。俺は、この人を知っている。
「羽田 光耀 ……」
彼の名前を口の中で確かめると、その彼がこっちを向いた。射抜くような強い瞳、けれど口元にはわずかな笑みが乗っている。
ドクンと強く、心臓が脈打った――。
*
羽田光耀は、知る人ぞ知る特撮界のカリスマだ。顔出しの俳優ではなく、変身後のヒーローを演じるスーツアクター。シリーズ11作目である『ユーマニオン・マッハ』でレッドを演じるスーツアクターに抜擢 され、それから5年間、続けてレッドのアクションを担当していた。
長身を活かした華のあるアクションが特徴で、スタッフロールで彼の名前をチェックしているファンは多い。それから特撮専門誌に何度かインタビュー記事が載ったせいで、彼はスーツアクターでありながら、ファンの間では顔が知られた存在になっている。
ところがどういうわけか今年、羽田光耀の名前がシリーズ最新作にクレジットされることはなく。怪我で休養しているとも、また何かしらの事情で業界を離れているとも噂 されていた。
「羽田さん、またユーマニオンに出るんですか!?」
方向転換してエントランスの方まで駆けていき、俺は彼に問いかける。そんな俺に気づいたのか、マネージャーが向こうの方から俺を呼んだ。
「一月!? おい、オーディションは……」
「いつき……上岡一月か」
羽田さんが興味深そうに俺を見る。
彼に名前を知られているとは思わなかった。ファッション誌のモデルと連ドラの脇役くらいしか仕事歴のない俺の、名前を知っている人間はそう多くない。おそらく主演に内定したことが彼の耳にも入っているのだと、頭の隅で考えた。
そこで質問の答えが返ってくる。
「そうだな、出るには出るんだろうが……」
羽田さんが大股で来て、彼との距離がぐっと縮まった。
「レッドに入れるかどうかは、お前さん次第だな」
(羽田さんの出演が……俺次第?)
意味が分からずに、彼の瞳をじっと見つめる。
「主演の二番手に名前が挙がっているやつは、俺より10センチばかり身長が低いんだ。その点お前は俺と身長も変わんなそうだし……」
羽田さんが腕を伸ばし、背くらべでもするように俺の頭の上に手をかざす。
「線は細そうだけど、まあ許容範囲だな。お前のスーツなら、俺が演じられる」
口元に浮かぶ魅力的な微笑みを見ながら、俺は彼の言わんとしていることを理解した。スーツアクターは、変身前の役者と体格が似通った者を配置することが多い。変身前と変身後の変化で、視聴者に違和感を抱かせないためだ。
俺が主演の座を射止めれば、羽田さんも晴れて主役を演じるスーツアクターに返り咲けるということらしい。彼が冗談めかした仕草で付け足した。
「分かってんのか? お前が俺の運命握ってんだよ!」
(そんな、マジで……)
事務所の名前や自分の将来だけでなく、カリスマスーツアクターの運命まで背負うなんて、さすがに荷が重すぎる。
「一月……」
追いついてきたマネージャーが、すぐ後ろから名前を呼んだ。けれど彼は、羽田さんの迫力に気圧されたのか口をつぐんでしまった。
「俺はユーマニオンレッドを演じたい」
こちらをまっすぐに見つめ、羽田さんが言った。
(俺だって、羽田光耀のユーマニオンレッドがまた観たい)
ファンとして、彼のレッドを観たくない人間なんてどこにもいないだろう。彼は圧倒的にレッドなのだ。羽田光耀は立っているだけで華がある。長い手足、均整の取れた肉付きはまるでアメコミヒーローのようで、しかしそれが見た目の印象以上によく動く。自分の体を完全に制御し、使いこなしている。指先にまで神経の行き届いた演技は、単なるアクションの枠に収まらない芸術品だ。
彼がシリーズ史上最高のスーツアクターであることは疑うべくもない。俺にとっては羽田光耀こそが、ユーマニオンレッドそのものだった。
彼の運命を握っている、そんな自分の立場に臆する一方で、俺には別の希望が生まれていた。彼のアクションを、現場で間近に見てみたい。
興奮に、耳の奥がじんじんと熱を持って疼 き始める。
(ユーマニオンレッドになりたい。他の誰でもない、この人と一緒に)
今までぼんやりとしていた自分の夢が、大きく強い光に照らされた気がした。
新しい空気を胸に吸い、吐く息とともに体の余分な熱を逃がす。その間も羽田さんは、穏やかな瞳で俺を見つめていた。
今ならいける、そんな確信が胸の中に生まれる。
「……行ってきます」
俺はそれだけ言って、審査会場へと踵 を返した――。
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