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5,目撃
(なんだ……?)
背中がぞくりと反応する。
ドアを開けてすぐのところに、靴箱らしき小さな棚が見えた。その奥は応接スペースだろうか。革張りの黒いソファセットがL字型に置かれている。
ソファには男が1人……いや、2人? 1人は両腕を広げてソファの背もたれに置き、わずかにうつむいている。羽田さんだった。彼はランニングを胸の上まで不自然に捲 り上げ、逞 しい大胸筋を晒 していた。
濡 れて光った胸の突起に、思わず目を吸い寄せられる。
(何してるんだ?)
俺は奇妙な空気に呑 まれながらも、そこから視線を下げていく。
と、胸を晒している彼のひざの間に、もう1人の男が顔をうずめていた。その男はこちらに背中を向けていて、顔が見えない。
ワイシャツの背中が大きく呼吸するように揺れていた。
(……え、何だ? どういう状況だ?)
背筋がまたぞくっと震える。
下の男が羽田さんの片脚を、ソファの座面へと押し上げた。その片脚のひざから下に、ズボンとボクサーパンツが引っかかっている。
薄暗い部屋の中、羽田さんの太腿 の付け根辺りが白く浮かび上がった。
「んっ……」
彼が押し殺した声をあげ、眉根を寄せた。奥歯を噛 みしめていることが頬 の歪 みで分かる。
「はぁ……ふ……」
足下の男の頭が揺れるたび、羽田さんは切なげな吐息を漏らしていた。
下の男が彼に口淫を施している。そのことを、俺はようやく理解する。じゅるじゅると唾液を吸い上げる音が響いた。
羽田さんの肩が引きつるように震える。
体の震えを逃がそうと、彼が何度か瞬きを繰り返した。
目元がバラ色に充血し、生理的な涙に潤んでいる。
首を振ると濡れたまつげが、ブラインドからのわずかな光を反射して、なまめかしく輝いた。
(あ……)
彼の吐息が醸し出す淫靡 な空気に、俺は釘付 けになる。
腹の底から沸き上がってきた何かが、血流に乗って体内を駆け巡った。
こんなものを見てはいけない。もう1人の自分が警告する。
けれども俺は想像を絶する景色の中に呑み込まれ、瞬きすらできずにいた。
「あっ、は……」
羽田さんが男の肩を押さえ、息をつく。
「待って、急ぎすぎ……」
口から解放された男性器が、ぴんと跳ね上がるのが見えた。
大きく丸い亀頭がキャンディのように艶やかに光っている。
ゴクリとのどが鳴る。
その瞬間、視線を上げた羽田さんと目が合ってしまった。
「……!」
とろんとしていた彼の目が見開かれ、生気を宿す。困惑と焦り。きっと俺も似たような顔をしていただろう。
俺のいるドアからソファまでは3、4メートル。お互いに顔を知っているわけだから、ごまかしようがなかった。
「……どうした?」
彼の足下にいる男が声を発した。羽田さんがさっと視線を下げる。
「いや、何でも……それより、そんなに下ばっかり責められたら寂しいじゃないですか」
その声は場違いなほどに明るかった。
それから羽田さんはソファの足下までずれていって、男の頭を胸に抱く。
「こっちもしてください」
男の顔を胸に押しつけ、視線はまっすぐに俺の方を見た。
行け、今のうちに!
強い視線と手の甲で払うような仕草から、俺はその意志を読み取る。
1歩、2歩と静かに後ずさりをし、そこから弾かれたようにドアの前を離れた。
アスファルトを蹴って、ドアが見えなくなる建物の角まで駆けていく。
俺に逃げるべき理由があるのかどうか。自分でもよく分からなかった。
混乱したまままた走る。
倉庫からだいぶ離れたところで建物の外壁に背中をつけ、上がってしまった息を整えた。
普段ならこれくらいじゃ息は上がらないのに。まるで立ちくらみしているみたいだった。
いや、あんな濡れ場を見せられて、平気な方がどうかしている。
あの様子だと羽田さんはおそらく、俺を面倒ごとに巻き込みたくなかったんだろう。けどそもそもあんなところで、あんなことをしている方がおかしいんだ。
今は昼間で、ここは撮影所。つまり彼にとって神聖な職場のはずだ。
(なんなんだよいったい!)
脳裏に浮かぶ羽田さんは、男に局部を咥 えさせ、なまめかしい息を吐き出している。
憧れていたあの人の姿と、それはあまりにかけ離れていた。
「なんで……」
かき消そうとしても耳の奥に、まだ彼の呼吸音が残っている。俺は両手で耳をふさいだ。
血の泡立つような感覚が、悪寒とともに足下へ下りていく。
苦しい……。
建物の屋根に区切られた四角い空を見上げ、冬の匂いのするひんやりした空気を何度も吸った。
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