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16,秘密

「やっぱりそうなのか。手え握られたり、肩抱かれたりするのも駄目だろ?」 「なんで、そのこと……」 「いや、前から少し気になってたんだ。他のやつとの絡みの演技でも、どうも違和感があったから」 (違和感……?)  演技の時はたいてい役柄に入り込んでいるから、普通にできているつもりだった。ただ、触れられた瞬間、素の自分が顔を出しそうになることもあって……。  その一瞬が周りから見て違和感になるなら、役者としてマズいと思う。 (マジか、バレてるのか……)  羽田さんの表情を窺いながら、頭の中はパニックに近い状態だった。今俺はこの人に、致命的な秘密を握られている。  そんな俺を見つめ、彼は困ったように眉根を寄せていた。 「悪い……言うべきじゃなかったな」 「……どうして分かったんですか」  付き合いの長いマネージャーだって、気づいていなかったのに。 「それは画面見てれば分かるよ。コンマ何秒でも、動きの違和感は目につく」 (そうか……動きだけで演技してる人には分かるのか……)  完敗だ。羽田さんの気づかうような視線が痛い。  気がつくと俺は深いため息とともに、その場にしゃがみ込んでいた。 「おい!」 「すみません、ちょっとだけ休ませてください……」  心配させまいと、しっかり視線だけは上げる。  羽田さんが俺に向かって伸ばした右手を引っ込めた。 「潔癖症、みたいなもん?」 「そんな大げさなものじゃないです、普段の生活に支障はないですし……」  説明して、立ったままでいる彼の大きな体を眺める。 「……でも、あなたみたいにはいかないです」 「え、俺?」  俺を見下ろすその顔は困惑げだ。自覚がないんだろうか。 「あなたみたいに人とベタベタ触れ合うのが、俺には理解できません」 「は? ベタベタ?」 「そうですよ。すぐに肩とか触ってくるし、そういえば熊谷さんともよく肩を組んでますよね。それに……」 (あの時は、人に体を()めさせたりもしてたよな……)  顔合わせの日に見た、倉庫での羽田さんを思い出した。  あれは性行為なんだろうけれど、俺にはそういうことは到底できない。する必要もないけれど……。 「それに、何だよ?」  目を逸らしてしまったのがいけなかったのか、面倒なことに羽田さんが追求してきた。 「なんでもありません」 「それ、なんでもなくない顔だろ」 「あなたがやらしいことしてたの、思い出してしまっただけです!」  (にら)んで言うと、羽田さんはようやく納得の表情になる。 「あー、そのことか! お前、まだあんな昔のこと言ってんのかよ!」 「昔のことって、まだ3カ月しか経ってません」  (あき)れてしまった拍子に、体に触れられた時の反応はきれいさっぱり消えてしまった。俺はため息交じりに続ける。 「なんでそんなに無頓着でいられるのか、ある意味羨ましいですけどね……」 「逆にお前がいろいろ気にしすぎなんだろー」  羽田さんは俺の真上で壁に腕を突き、笑いをこらえきれずにいる。 「何笑ってるんですか」 「だってさ……っ、はは!」  勢いつけて立ち上がると、羽田さんからバシバシ背中を叩かれた。  触られるのが駄目だって言ってるのに。本当にこの人は……。 「しかし、潔癖症のヒーローか!」 「それがなんですか……」 「だいぶつらそう」 「つらいって何が?」 「何って、発散できないこと? お前のヒーロー観なら尚更だろ」  そこは少し心配そうに言われた。 (発散って、ああ、そういうこと……)  品行方正でセックスもしない正義の味方を、この人はつらいと思っているのか。 「俺はそういう経験がなくたって、つらいとか恥だとかこれっぽっちも思ってませんから!」 「お前のそういうところ、本当に清々しいわ!」  肩に置かれた手のひらから、羽田さんの横隔膜の振動が伝わってくる。 「まだ笑ってる……」 「だって一月……」  呆れていると、肩の上の手がゆっくりと下がってきた。俺の着ているシャツの袖口をそっと()で、指の先が軽く触れ合う。 (……これ、わざとだよな?)  手元から目を上げて、羽田さんの顔を見た。  さっきまでおかしそうに笑っていたのが、今は照れくさそうな微笑みに変わっている。  いや、少し緊張しているようにも見えた。 「これくらいなら、平気?」 「え……? あ、はい……」 (平気っていうか、違う意味でドキドキしますけど……) 「じゃあ……これは?」  今度は指と指とを絡ませてくる。  羽田さんの硬い手のひらを感じ、握り合う手がじわりと汗ばんだ。 「こういうのはあんまり……男同士ではしない気が……」 「練習だよ、演技なら女と手を(つな)いだりもするだろ」 (練習か。でも羽田さんとする方が、ちょっとハードルが高いかもしれない)  何秒か我慢して、俺は自分から指をほどいた。 「もう、ごめんなさい……」  息をつき、無意識に止めていた呼吸を再開する。 「あー、うん。俺の方こそ」  羽田さんは気にするなというように、軽い笑みを浮かべてみせた。  そんな時、向こうから足音が近づいてくる。 (マネージャー?)  俺は羽田さんからさっと距離を取った。 「一月、水!」 「ありがとう……」  マネージャーが差し出してくる、ペットボトルの水を受け取る。 「それと、監督と話してきた」 「監督と、何を?」 「具合が悪いなら、一月はもう帰っていいって」 「は? ちょっと待ってよ!」  さすがにそれは寝耳に水で、キャップをひねりかけていた手が止まった。 「なんで、大丈夫、演技はできる! 今日の分撮り終わってないのに、帰るわけにはいかない!」  けれどマネージャーは、平然と肩をすくめてみせる。 「監督がいいって言ってるんだからいいんだよ。だいたい向こうがいきなり一月に無茶なアクションなんかさせようとするのがいけないんだ」 「それは、俺がやるって言った!」 「一月はうちの大事なタレントなの。無理させたくない。帰ろう!」 「えっ、ちょっと!」  俺はペットボトルを握った中途半端な体勢のまま、マネージャーに引っ張っていかれる。  この人はもともと、俺と羽田さんを2人でここにいさせたくなかったんだ。過保護にも程がある。 「あー、一月……また明日な?」  元いた壁のところから、羽田さんが戸惑いの表情で俺たちを見送った。

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