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17,噂

 着替えもそこそこに撮影所の駐車場まで引っ張って行かれる。  俺の片腕をつかんだまま、マネージャーが車のドアを開けた。 「乗れよ一月、送ってく」 「いい、近いし歩く」  自宅マンションまでは撮影所から歩いて5、6分の距離だ。けれどもそんなことより、仕事を途中放棄させられたことに気持ちの整理が追いつかなかった。 「いいから乗れって。ちゃんと送り届けなきゃ心配だ」  有無を言わさぬ目で見つめてくる、マネージャーと目が合った。鬼気迫るようなその表情に違和感を覚える。 「宇佐見さん……なんかいつもと違くない?」  するとマネージャーはため息とともに天を仰ぎ、頭の後ろをボリボリと掻いた。 「正直、悩んでる」 「何を?」 「お前のこと以外ないだろー。俺を悩ませてる自覚ないのかよ!」 (なんだそれ……)  内心驚きつつ、俺はマネージャーを観察する。よく見るとお気に入りのコートのすそがしわになっていた。髪は普段にも増して整髪料をつけすぎな気がする。 (……疲れてるのか?)  なんとなくそれを察し、抵抗の意志をくじかれた。 「とりあえず乗って」  もう一度目で示され、俺は仕方なく車の助手席に乗り込む。  マネージャーが運転席に乗りドアを閉めると、そこは2人だけの空間になった。 「……それで、もう大丈夫なのか?」  彼は腕組みをして前屈みになり、こちらに顔を向ける。  送っていくと言っていたくせに、すぐに車を出すつもりはないらしい。  うんざりした気分になる。 「なんでもないってさっきから言ってるのに。アクションの練習も撮影も、あのまま続けられた」 「だとしても……俺はあんまり、あいつとお前を2人にしたくなかった」 「……だと思った」  ため息交じりに返すと、狭い車の中でマネージャーがさらに距離を詰めてきた。 「俺、言ったよな? あいつとは関わるなって!」 「今のは普通に仕事だ」 「俺には親密そうに見えた」 (え……?)  マネージャーは嘘を見抜こうとでもするように、俺の顔をじっと見つめていた。  確かにクランクインからの2カ月で、羽田さんとの距離はほんの少しずつだけれども縮まってきたように思う。  俺は彼の演技をトレースし、彼も俺のニュアンスを確実に演技に取り入れていた。俺たちは同じユーマニオンレッドを演じる者として見つめ合い、言葉にしないまでも繋がりあっている。  けどそれを〝親密〟なんていう言葉でくくるのは違うように思う。親密なんて言ったらまるで……。 「やめて、気持ち悪い」  言ってから胸の奥がズキンと痛んだ。とっさに出たその言葉が、本音なのか追及を交わすための嘘なのか、自分でもよく分からなかった。  でも……。さっき指先で触れ合っていた瞬間は、羽田さんとの間にどこか親密な空気が流れていたようにも思う。 「気持ち悪い、か」  マネージャーは勝手に納得したような顔をして、運転席のシートに背中を戻した。 「何……?」  その横顔が、何か含むところありげに見えて聞き返す。  すると彼の唇が、皮肉な弧を描いて笑った。 「俺さ、あいつのこと調べたんだよ。一月が妙に気にしてるから」 「……? 調べた?」  いったい何を調べたのか。真意が知りたくて、俺はマネージャーの顔をじっと見る。 「ああ。あいつはゲイだぞ」  マネージャーが得意そうに言った。 (そのことは、とっくに知ってる)  反応に困ってしまい、俺はフロントガラスの向こうへ視線を逃がす。男とああいうことをしていたんだから、きっとそうなんだろう。  けど他人の性的指向になんて俺は興味ない。 「何だよ~、そのうっすい反応は。気持ち悪いって、そういうことじゃないのかよ」  マネージャーはガッカリしたような、それでいて怒ったような顔をしていた。 (……違う。羽田さんの気持ち悪さはそういうところじゃない。カッコよすぎるところとか、優しすぎるところとか……そのくせ、妙に人間くさいところとか……)  胸の中に、ふつふつと怒りが湧いてくる。 「気持ち悪いよ、俺には異性愛者も同性愛者も同じくらい!」  キッと睨みつけると、マネージャーは驚いたように身を反らした。 「……っ、なに怒ってんの?」 「別に」 「別にじゃないだろー。一月はたまに意味分かんねーところで爆発するから面倒くせーよな」  腕組みしてブツブツ言われる。  面倒くさいと思うなら、俺の気持ちを変に刺激しないでほしい。俺だって、自分自身の気持ちを上手く理解できずにいるんだから。 「とにかくさあ」  マネージャーが軽く咳払(せきばら)いして続けた。 「羽田光耀については、あんまりいい噂は聞かないから。昔は人前で言えないような仕事もしていたみたいだし……」 (……何それ)  気になるけれど、マネージャーの口からは聞きたくない気がして黙っていた。  彼は冷ややかに続ける。 「何か問題あるようだったら、あいつを外すよう事務所から圧力をかけることもできる」 「は? 何言ってる!」 俺は思わずシートから背中を浮かせた。 「羽田さん以外のレッドなんて、ファンが納得しない! 俺だって……あの人以外に変身後を任せられる気がしない」 「だとしてもさあ、お前はうちの大事なタレントなわけ! 変な影響があったら困る」 「変な影響ってなんだよ……」  怒りに声が震える。 「すげー怖い顔……」  マネージャーが呆れたように言った。 「いいか一月。俺はさ、お前のためを思って言ってるんだ。マネージャーとして担当のタレントを守りたい。それだけ」  その顔を見て俺も、これ以上議論しても無駄だと理解した。 「……分かった」  言葉と同時に助手席側のドアを開け、車から外へ出る。 「……? おいっ、何が分かったって言うんだよ!?」  運転席のドアが開く音、それから慌てた声が追いかけてきた。俺はマネージャーに背中を向けたまま告げる。 「宇佐見さんが心配しているようなことにはならないようにする。ただ、今はひとりにしてほしい」 (羽田さんがどんな人でも、あの人とレッドを演じるのは俺の中でもうマストなんだ!)  そのまま車から離れ、俺はてくてくと自宅までの道を歩いた。

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