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18,克服

 翌日――。 (くっ! ラーメン食べたかったのにもう敵襲ですかっ!)  何回目だよという思いで、俺は襲いかかってくる怪人に向かって身構える。 『この星には、食べ物の恨みは怖いって言葉があってだな!』  重ねた割り箸で真上からの攻撃を受け止め、キックで相手との距離を取った。  とはいえ相手は本物の怪人でなく熊谷さんなので、足先が当たる瞬間に合わせて自分から後ろに転がってくれる。ここは虚実の入り交じる世界だ。  それから俺は折れた割り箸を投げ捨て、変身アイテムのブレスレットを構えた。  だが怪人がうなり声をあげながら起き上がった。ここでは店との距離が近すぎる。そうとっさに判断し『こっちだ!』と敵を遠くへ誘導した。  一撃、二撃、相手からの攻撃をよけ、奥のブロック塀を蹴り上げて宙返り。上手くきまった。  それから俺はカメラが移動してくるのを確認し、変身のポーズを取った。 「……はい、カット!」  カットの声で、ふっと上岡一月が浮上する。 (撮影用の伸び切ったラーメンより、どうせなら温かいもの食べたいよな……)  その思考はスバルでなく完全に一月だった。 「オーケー、じゃあ羽田くん行こうか!」  カメラの位置はそのままに、俺と羽田さんが入れ替わる。レッドのマスクを被った羽田さんが颯爽と歩いてきた。 「お疲れ、一月。カッコよかった!」  場所を譲る瞬間、肩に手を触れそう言われる。  カメラの前から完全にはけてから、俺は羽田さんを振り返った。 (カッコよかった、か)  だとしたらそれはあの人が、朝早くからアクションの練習に付き合ってくれたおかげだ。その時間を思い返し、胸の中が充実感に満たされた。 (ただ……)  さっき触れられた衣装の肩口に、自然と目が行く。 (嫌とかじゃない。でもやっぱり、気になるんだよな……)  触られるのが苦手だ。このことは今、羽田さんにしか気づかれていない。  けれどユーマニオンの撮影は1年にも及ぶ長丁場だ。このままではいつか演技に支障が出てしまうかもしれない。それだけは避けたかった。 (克服しなきゃ、完璧なレッドになるために)  衣装の上にコートを重ね、ポケットの中の指輪を確かめた。 * (……けど、どうやって克服したらいいんだろう?)  撮影所の食堂で昼食を取りながら、俺は途方に暮れていた。  ここは好きな料理を買って食事することができる、関係者用の社員食堂みたいな場所だ。広い食堂の中を眺めていると、カウンターに並んだ者同士肩を寄せ合う、お互いの肩や背中に触れる、女性同士で腕を組む……そんな人々の姿が目についた。 「あれ……一月、食欲ないのか?」  俺の箸が止まっているのに気づいたのか、向かいの席に座っているマネージャーが怪訝そうに目を上げた。彼はとっくに昼食を済ませ、テーブルの上にノートPCを広げている。 「いや……」 「じゃあなんだよ」 「少し考えごとをしてただけ」 「考えごとねえ……」  昨日のことが尾を引いているのか、普段より冷ややかな反応が返ってきた。 「そうだ。宇佐見さん、ちょっと手……」 「手……?」  俺の差し出す右手に、マネージャーがキーボードを叩いていた手を近づける。  俺は思い切って自分から、彼の指先を握ってみた。 「え、なんだよこれ……一月、あの……一月くん?」  マネージャーの目が泳ぐ。俺よりどう見ても彼の方が挙動不審だ。 (なんかあれだな、触られるより触る方がラクかもしれない) 「一月くん……これは何? もしかして、仲直りしようとかいう……」  マネージャーが赤い顔をして、俺の表情を窺ってきた。 「ただ触ってみただけ」  手を離すと、彼はホッとしたように肩の力を抜く。 「はあっ、なんだよそれ~」 「宇佐見さんだって意味なく触ってくることある……」 「意味なく? いや、意味なくは触らないだろー。励ましとか親愛の表現とか、いろいろ意味はある! 他には……ああ、フツーに声かけて気づかれなかった時とか!」  彼はブツブツと小声で続けている。  とりあえず、触られて挙動不審になるのは俺だけじゃないってことが分かった。それだけで少し気が楽になる。  そんな時、近くを通りかかった共演者の女性たちが話しかけてきた。 「何2人でいちゃいちゃしてるの?」 「一月くんとマネージャーさんって、いつも仲良しだよね!」  1人はヒロイン役、もう1人は警察官役の女性だ。 「俺と宇佐見さん、仲良さそうに見えるんだ……」  意外に思っていると、マネージャーが困り顔で解説した。 「いや、こいつがコミュ障で友達作れないだけですから……。だから必然的に俺と2人でいるだけで」  そう解釈するのが妥当かもしれない。俺に現場で友達を作ろうなんて意識はこれっぽっちもないけれど。 「ね、ちょっと手を貸してくれる?」  思い立って、左右の手で彼女たちの手を握ってみる。 「なあに?」 「握手?」 「そういうわけでもないけど」 「一月それ、女性にはやめなさいって!」  彼女たちより、マネージャーの方が慌てていた。 (案外平気……)  意識して自分から触れにいくことで、少しは肌の触れ合いに慣れてきた気もする。  そこでふと、遠くからの視線に気づいた。 (あ……)  食堂の少し離れたテーブルで、羽田さんがアクションチームの何人かとテーブルを囲んでいる。俺がめずらしく共演者と話していたからか、彼は不思議そうにこっちを見ていた。  目が合って、彼は箸を持つ右手を軽く持ち上げた。

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