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27,抜き打ちチェック
それから数日経ったある夜のこと――。
事務所に届いた荷物を持って、マネージャーがマンションの俺の部屋を訪れた。
「荷物ってそれ?」
玄関まできたマネージャーは、大きな段ボール箱を抱えている。
「ああ、すげーだろ! ファンレターとか、ファンからの贈り物とかもろもろ。ユーマニオン・ネクストのおかげで、一月の人気もうなぎ登りだからな」
そう言われても、まだ人ごとのような気がしている。箱からこぼれ落ちそうになっていたハガキを1枚取り上げると、そこには子供らしいイラストが描かれていた。
「へえ……」
「テレビ局の方にもそういうのはたくさん届いてるみたいだから、なんかの機会に見たらいい。で、これはどこに置く? っていうかお前の部屋きったねーなぁ、脱いだものその辺に置くなよな」
マネージャーがブツブツ言いながら、ひと部屋しかない部屋に上がってくる。
「それは……今朝バタバタしてたから……」
「パンツを洗濯機に入れる暇くらいあるだろ~」
脱いだままの服の山の前で立ち止まり、彼は大げさに顔を歪めた。俺はすかさすそれを拾い洗濯機へ投げ込む。
狙いが逸れてしまい、パンツや靴下が床に散らばった。今日はついていない。
「…………。こういうの、見たくなかったら急に来なければいい」
「そういう問題じゃなくてだな。今日はお前の生活態度を見る、抜き打ちチェックも兼ねてるんだ」
段ボール箱をテーブルの上に置き、マネージャーが改めて部屋を見回した。
(え、抜き打ちチェック?)
普段なら別に見られても問題ないけれど、今に限っては隠さなければいけないものがあった気がする。
(……そうだ、羽田さんのDVDだ!)
何日か前、彼の家に行った時、アダルトDVDを無理やり貸されていた。あの時は叩き返したつもりだったのに、バッグの中に一枚紛れ込んでいたのだ。
そのDVDが今、テレビの前に転がっている。
(マズい……)
あれを回収したいけれど、この狭いワンルームで、テーブルの前にいるマネージャーを追い越さなければテレビの前へはたどり着けない。
(どうする!?)
慌てて動けば変に思われる。心臓が騒がしい音をたてていた。
マネージャーがゆっくりと部屋の奥へ進み、DVDのパッケージの前に足を止めた。
あれだけ堂々と置いてあるんだ、目でも悪くなければさすがに気づく。
彼の背中がすっと屈み、静かにパッケージを拾い上げた。
俺はゴクリと唾を飲む。
見つめる背中はなかなか振り向かなかった。顔が見えないから、余計に反応が怖い。
俺はジリジリとした時間の中、混乱する頭で次の行動を考えた。
問題はあれがアダルトDVDだってこと。それからゲイ向けだってことだ。けどそのことはまだいい。俺も未成年ってわけじゃないし、そういう趣味だってことにしておけば、それ以上あれこれ言われる筋合はない。
それより一番の問題は、パッケージに印刷された人物が羽田さんだってことだ。
あの人がそういう仕事をしていたことは、おそらくオープンになっていない。俺のせいで羽田さんの秘密が知られ、迷惑がかかるかもしれない。
頼むからマネージャーは、それが羽田さんだってことに気づかないでほしい!
いろいろな考えが、ものすごい速さで脳裏を駆け巡った。
DVDを手にしたマネージャーが、ようやく俺を振り返る。その表情は硬かった。
「なんでお前がこんなもん持ってるんだよ……。あいつがこういう仕事をしてたってこと、お前知ってたわけ?」
乾いた声で問いただされる。
(……ってことは、宇佐見さんも知っていた?)
そうだ、マネージャーは前に言っていた。羽田光耀についてはあんまりいい噂を聞かない、昔は人前では言えないような仕事をしていたみたいだ、と。
知っていたなら仕方ない。今隠さなきゃいけないのは、俺がこれを羽田さん本人から渡されたってことくらいだ。
俺は腹をくくってマネージャーと向き合った。
「知ってたんじゃない、たまたまネットで見つけて」
「たまたま?」
「そうだよ」
「で、わざわざ買ってみた?」
「まあ。興味本位で……」
そうだ、興味本位! この際そういう設定にしておこう。
……いや。そこは設定じゃなく、本当に興味があったのかもしれないが。なぜならマネージャーの手にしているパッケージの中身は空で、そこに収められるべきものは今、テレビの下に鎮座するデッキの中にあるからだ。
観る気なんかさらさらなかったのに、どうしてか俺はそれをそこに入れてしまった。
そして始まった映像から目が離せなくなってしまった。いろんな意味で頭の中はパニックだったけれど、なぜか惹きつけられてしまう自分がいて――。
思い出し、額からぬるい汗が出る。〝気持ち悪い〟と〝見たい〟が両立するなんて、今でも信じられなかった。
それはともかくとしてここはごまかし通すしかなくて、俺は強気にマネージャーを睨んでみせる。
「これは完全にプライベート。俺が好きで観て何が悪い」
大股に歩み寄っていって、彼の手からパッケージを奪い取った。
「〝好きで〟って……一月はどんな気持ちでそれ観てるんだよ?」
どんな気持ち? そんなの俺にも分からない。自分の中でもつれ合ういくつもの感情に、いったいどんな名前を付ければいいのか。
黙っているとマネージャーが続ける。
「せめてさぁ、他の男優にしろよ」
ため息とともに頭を掻きむしり、彼は部屋を出ていった。
*
緊張の糸が解けた部屋で、ベッドの縁に座り込む。
「なんで羽田さんのだと駄目なんだ……」
こういうものを観るのが不健全だっていうなら、他の男優だって同じことだ。それとも共演者をそういう目で見るのがいけないんだろうか……。
(あれ、俺は……そういう目で羽田さんを見てるんだっけ?)
握っていたパッケージを目に映し、ぞくりと背筋が震えた。
「違う! そんなわけない!」
声に出して否定してみたけれど、俺には自分が分からない。
そもそもこんなものを貸した羽田さんが悪いんだ。あの人の痴態を頭から追い出したくて、俺はパッケージを遠くへ追いやった。
人と触れ合う演技に不安がなくなり、プロデューサーも撃退できたのに……。
あの人自身がまた俺を掻き乱すのか。
羽田さんへの複雑な感情は、相変わらず俺の中で落ち着き先を見つけられそうになかった。
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