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42,出会いの記憶 2

 俺たちが泳ぎ着いたこの島は、歩いて数分で回れるくらいの小さな無人島だった。2人でそのことを確認したあと、羽田さんは元の砂浜に大きく〝SOS〟の文字を書く。  これを飛行機か何かが見つけてくれればラッキーだ。そうじゃなければ明日また日が昇ってから、この辺を回る観光遊覧船にでも見つけてもらう必要がある。  撮影隊の船もきっと、俺たちを探してくれていることだろう。 「あれは俺が高1の時の話だ」 〝SOS〟を書いた棒きれを、羽田さんが砂浜に立てて座った。 「部活で格闘技をやってた俺は、夏休み、ヒーローショーの着ぐるみのバイトに応募したんだ。今考えると格闘技と演技のアクションは違うだろうって思うけどさ。面白そうだし、できる気がして」 「それが、今の仕事を始めたきっかけですか?」 「まあ、そう結論を急ぐなって」  羽田さんは笑って、のんびりと空を見上げる。 「で、やってみたら向いてたんだ。あれよあれよといううちに、ショーの主役の座が回ってきた」 「主役って……?」 「当時テレビでやってたのが『真ユーマニオン』だった」 (そうか、あの頃の話なんだ……)  羽田さんとはひと回りも年が違うけれど、その頃から同じ世界に接していたんだということに気づかされる。 「俺はユーマニオンレッドの役で、ショッピングモールとか住宅展示場とかの、小さなステージを回ってたんだ。そんな中、都内の祭り会場で……」 (お祭り?)  静かな浜辺で羽田さんの話を聞きながら、胸がザワザワとざわめき始める。 「客席に、1人で来てる5歳くらいのガキんちょがいたんだ。そんな年の子が1人で来るのも驚きなんだけど、こいつがまた運の悪いやつで。怪人役に捕まりそうになってさ。真っ青になって硬直しているのを見たら、俺も本気で助けなきゃと思ったんだ」  楽しそうに語る羽田さんを前に、胸が震えた。 (そんなことがあり得るのか? だって、偶然にしたって……) 「そいつを1人にするのも忍びなかったから、俺、最後までステージに上げといたんだ。それからレッドのスーツのままで、手え繋いで家まで送っていって……。あの時握ったちっちゃな手が、どうしてか忘れられないんだよな。俺のこと、全面的に信じてるって言ってるみたいで……」  羽田さんが自分の右手に、穏やかな視線を向ける。 「それから俺は本格的なスーツアクターを目指して、今の事務所に入ったんだ。特撮が好きだったとか、体を使う仕事がしたかったとか、他にも理由はあったけど……あの思い出が背中を押してくれたんだよな。そのこと、さっき夢の中で思い出してた」  懐かしそうに目を細め、彼は短い思い出話を締めくくった。  俺は何か言いたかったけれど、すぐには言葉が出なかった。 「……一月?」  押し黙ってしまった俺の顔を、羽田さんが不思議そうに覗き込む。 「それ……たぶん俺です……」  しばらくして絞り出した声は、胸の震えをそのまま伝えていた。 「え、何が?」 「だからその、1人で来てた子が……」  15年前、真ユーマニオン放映の年。場所は都内の祭り会場。1人でヒーローショーを見て、ユーマニオンレッドに手を繋いでもらって家まで帰った子供が、他にいるだろうか。 「市役所前の広場ですよね? あの日は帰り道、いろんな人に指さされて……」 「ああ……」 「俺の親にも、家を抜け出したこと一緒に謝ってくれた……」 「……そういやそうだった」 「やっぱり羽田さんだ」  ふいに星空がにじむ。 「マジで……一月なのかよ……」  にじむ視界の向こうで、羽田さんが頬を緩めた。 「確かにめちゃめちゃ可愛い顔してたけど……そうかお前、15年前は5歳だもんな! なんで今まで気づかなかったんだ」  それは15年も前に会った子供を、見分けられる人なんていないと思う。俺だって、あの時のショーのレッドが羽田さんだったなんて、まさか思いもしなかった。  けれども思い返すと、あの時のレッドはただ者ではないオーラを放っていて。のちの羽田光耀だと言われれば、なるほどと納得できる気がした。 「俺は、あの時のユーマニオンレッドに憧れて、いつか自分もって……」  あまりに運命的な繋がりに、なかなか驚きが過ぎ去らない。  羽田さんも同じ思いなのか、俺を見て何度も瞬きをしていた。 「お前が俺をレッドにして、俺もお前をレッドにしたのか……。どうりでお前とはしっくりくるわけだよな。俺とお前は、走りだした時から一緒だったんだ」  羽田さんが俺の両肩に手を置いた。それから肩の上の手が、俺の手元まで滑っていく。 「大きくなったよな」  あの日繋いだ手の感触を確かめるように、そっと両手を握られた。  俺の手はあの日から随分大きくなったはずだ。手触りだって、子供の頃のやわらかさをもう留めてはいない。  けれども羽田さんは愛おしそうに、俺の手をゆっくりと持ち上げる。手の甲に彼の頬が当たった。 「こんなに大きくなって、俺のところへ来てくれたのか……」 「あなたと同じくらいまで、背が伸びてよかったです」  そうじゃなかったら羽田さんと一緒のレッドにはなれなかった。 「……ホントだな!」  今度はポンポンと優しく頭を撫でられた。思わず笑って涙を拭いた。  胸が、感じたこともない大きな幸せに満たされていた。 「役者の道で、頑張ってきてよかった」 「ああ。逆にスーツアクターになられても、俺が仕事を取られて困る」 「ふふっ、なんですかそれ!」  笑いをこらえきれずにうつむくと、また下げた頭を撫でられる。 「ちょっと、さっきから撫ですぎです。俺はもう、5歳の子供じゃないんですよ?」 「だってさあ、5歳の頃から知ってるんだ! 親戚の子供みたいなもんだろ」 「えっ……!?」  キスとかしといてそれはない。唖然(あぜん)としていると、羽田さんからクスクスと笑われた。 「子供扱いは嫌なのか。じゃあこれから、大人の時間にする?」  優しかった彼の声色が、ふと、色気を帯びたものに変わった。 「大人の時間ってなんですか」 「大人の時間は大人の時間だろー」  羽田さんが俺の太腿(ふともも)の脇に腕を突き、挑発的な瞳で見上げてきた。

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