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43,役者という生き物 ※

【注】以降、タイトルに※が入っている辺りは濡れ場です ――― 「……っ!」  この顔を俺は知っている。相手を誘う時の表情だ。目はらんらんと輝き、唇は緩やかな弧を描いたままわずかに緩んでいる。  その唇から漏れ出る吐息は、空気の揺らぐような妖しい湿り気を帯びていた。  ゴクリとのどが鳴り、自然と腰が引けてしまった。 「待ってください、さっきは中学生みたいなおつきあいでもいいって……」 「それやっぱやめた。一月があの時の5歳児なら、尊すぎて永遠に手え出せねえ」 「だったら、言ってることとやってることが……」  俺が引いた分、羽田さんが距離を詰めてくる。 「……だから今、勢いがあるうちにそういうことする」  彼の決意を感じて怖くなった。 「待って、でも俺……どうしたらいいんですか……」 「DVD貸しただろ、あれ観て予習してこなかったのかよ」  予習してきた、だからかえってびびっている。緩やかな笑みをたたえた唇が、俺の耳元に近づいた。 「ほら見ろ、知らないより知ってた方がいいって言ったのに」 「いえ、あれは観ました……」 「えっ、観た?」  一旦俺から体を離し、羽田さんは意外そうに目を見開く。 「やっぱり、観ないと思って貸したんですね……」  あの時あれを俺のバッグに突っ込んだのは、単にからかっていただけだ。そうじゃないかとは思ってた。その上、今はこうやって誘うフリまでして、また俺をからかう羽田さんに呆れる。 「だってお前、そういうの本気で無理そうだっただろ……」  そうだ、あの頃……4カ月前の俺は人に触られるのに抵抗があって、撮影にも支障をきたしかけていた。もちろんセックスなんて、考えただけでも気持ちが悪かった。あのDVDだって、本当は観る気なんかなかったんだ。 「あんなもの、羽田さんが出てなきゃ観なかった」  俺は大きく息をつき、一気に高まってしまった緊張と興奮を逃がす。 「……で、観てどうだった?」  彼は少し怯んだような顔をしていた。  観ないだろうと高をくくっていた自分の濡れ場を観られていたんだから、そうなるのは当然で。自業自得だと思う。  本当にこの人は、普段からいたずら心が過ぎるんだ。  少しくらい仕返ししてやろうという気持ちが湧いてきた。 「さあ? 感想を語るのはあとにして……」  俺も砂の上に手を突いて、羽田さんが引いた分だけこっちから鼻先を近づける。 「観ちゃったものは観ちゃったので、俺にはあの演技ができますよ?」 「演技……?」  彼は怪訝そうに眉を歪めた。 「はい。俺も一応役者ですから。ハタチの羽田さんにも、相手の方にでもなってあげられます。さあどうしましょうか?」 「どうしましょうかって……」  俺の鼻先で、男らしいのどぼとけが上下する。 「それ、一月の口から聞かされたら冗談に聞こえない……」 「冗談じゃないってこと、これから証明します」 「いやいやいや!」 「なんですか、びびってるんですか。人をからかってばかりいるから、こういうことになるんです」  そのまま鼻先を押しつけ、潮の香りがするのどぼとけを()め上げた。海の味しかしないけれど、それよりも自分の行為に(たか)ぶりを覚えてしまう。  今度は舌の中心を押しつけ、のどぼとけの形を確かめる。 「いつき……」  掠れた声が、俺の名前を呼んだ。 「どっちにするか決めました? 俺はどっちでもいいですけど」  上半身裸でいる羽田さんの、インナーパンツのウエストに手をかける。泳ぐために脱げるものは脱ぎ捨ててきて、もともと裸みたいな格好だ。彼の操を守る防波堤は低い。 「おまっ……、童貞のくせに何言ってんだ!」 「俺はヒーローにも殺人鬼にもなれます。娼婦にだって、強姦魔にだってなれるんです。役者っていうのはそういう生き物なんです」  戸惑う彼を間近に見つめたまま、右手をウエストのゴムの下へもぐり込ませた。硬く引き締まった腹筋が手のひらの下で呼吸する。そこよりさらに下は……。  しっかりと反応してくれていた。指先に触れる硬さと熱に、胸をぎゅっと(わし)づかみにされる。 (……っ、これ、俺に興奮してくれてるってことでいいんだよな?)  カッと体中の血が沸騰し、テンションが変な方向に振り切れてしまった。 「羽田さんここっ……触ってもいいですか?」  すでに触ってしまったが、俺はとっさに許可を求める。 「触っ……いや、そんなキラキラした目で聞かれても……」  腰をずらされ、逃げられてしまった。 「だって羽田さんが」  逃げられると恨めしい気持ちになる。 「俺が……なんだよ!」 「会って2度目で、あんな姿を見せるから」 「2度目って……ああ、そういうことか! お前、俺のこと不真面目で不道徳だとか散々言っておいて、自分もしたかったってだけなのかよ」 「それは違います! けど……深層心理では、そういう面があったことも否定できないかも……」 「ははっ、そこは認めろよガキんちょ!」  羽田さんは勝ったような顔をして、それからすっと立ち上がった。  砂浜に腕を突いていた俺は、星空を背にして立つ彼を見上げる形になる。相変わらずその立ち姿は絵になっていた。  俺からの反応を待たずに、彼は続ける。 「まあ言わなくてもいい。お前が俺に興奮してたなら、俺は素直に嬉しい。俺もお前に興奮するのに、罪悪感を持たなくていいってことだもんな」  降るような星空の中心で、彼は自ら着ているものを脱ぎ捨てる。わずかに目を伏せたその表情は、誘っているようにも、逆に恥じらっているようにも見えた。  俺は呼吸も忘れて、その様子に見入ってしまう。 「ほら来いよ。俺とヤりたいんだろ?」  からかうような声の調子に反して、夜の砂浜に立つ鍛え上げられた裸体は、ギリシャ神話か何かの神様みたいに美しかった。  羽田さんが俺の鼻先まで来てしゃがんだ。 「何、今さら引いてる?」 「引いてるとかじゃ……」 「そっちから誘ってきたくせに、このまま放置はないよな? 続きしようぜ」 (続き……)  自分から手を伸ばそうとしたけれど、その手がためらった。この人に触れていいのかどうか、もう一度心の中で確認する。  そうしているうちに向こうから、おもむろに腰を抱き寄せられた。

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