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47,エピローグ

 北創(ほくそう)の撮影所、約1年間の撮影で慣れ親しんだいつものスタジオ。  みんなが息を詰め見守る中、映像をチェックしていた監督が助監督に向かって(うなず)いた。 「え~……ユーマニオン・ネクスト、オールアップです!」  助監督の声を聞き、みんながいっせいに拍手をしだす。 「スバルくん、みんな、お疲れさま! 1年間本当にありがとう!」  こちらへ来た監督に手を握られ、俺はこらえきれずに何度も頭を下げた。  周りを囲むみんなの笑顔がまぶしい。  共演者、スタッフ、それからいつもは撮影に同席しないほかの関係者も今日は駆けつけていた。  そんな中俺は、羽田さんの笑顔を人混みの向こうに見つける。  一番まぶしいその笑顔を見た途端、体が勝手にそちらへ向かった。 「おっと! 一月」  思わずジャンプして跳びついた俺を、羽田さんが受け止める。 「なんだよ、泣きすぎだろー!」  彼は笑いながら俺の背中をトントンと(たた)いた。 「ホント一月は泣き虫だよな」 「泣いてません、ちょっとうるっとなっただけで」 「そういうの泣いてるっていうんだ! ま、1年間頑張ったもんな。今日くらい甘えんのもいいだろう」  耳元で聞く羽田さんの声は温かだった。  そんな時。 「あのう、一月くん……」  申し訳なさそうに声をかけられ、俺は羽田さんの腕の中から振り返る。  花束を抱えたスタッフさんが、困ったような笑顔でそれを差し出していた。 「……!」  見ればほかのキャストは全員花束を受け取っていて、俺はそれをスルーして羽田さんに抱きついていたらしい。 「す、すみません……」  慌てて花束を受け取る。 「いいよ、一月くんは羽田さんが大好きだもんね?」 「え……?」 「(うれ)しいと好きな人のとこ飛んでいっちゃうの、うちの犬とおんなじだ」  母親と同じくらいの年のスタッフさんに笑われた。 (えーと、そんなに俺の好意はバレバレなのか?)  動揺しながら辺りを見回すと、向こうから共演者の女性陣の声が飛んでくる。 「2人お幸せに!」 「いいなあ。一月くんを射止めるのは誰かって前からウワサしてたけど、羽田さんじゃ誰も適わないもんね」  みんなの笑顔があふれている。 「なんでアニキばっかりモテるかなー……、でも一月くんがいいならそれでいいか」  熊谷さんが羽田さんの肩を抱いた。 「おい、ちょっと待っ――……」 「はいはい、アニキも今さら言い訳はナシ! みんな知ってたよ? アニキって好きな子の前ではめっちゃ目尻が下がるから」 (そうだったんだ?)  羽田さんが手で顔を覆って空を仰ぐ。 「バレてたならしょうがない。一月は俺んだからな、男も女も手え出すなよ!」 「アニキ、大人げない……」 「うるせ~」  そんな2人のやりとりにみんなが笑ったところで、監督が片手を挙げた。   「ゴホン! みんなー、お口にチャックだぞ? 地球を守るのはヒーローの仕事だ。そしてそのヒーローを守るのが我々の仕事だ。彼らのことはみんなでマスコミから守ってやるように」 「はい!」  みんなから力強く同意の声が上がる。 (監督もみんなも優しいな……)  初めは馴染(なじ)めなかった人たちが、いつの間にか俺にとっての〝仲間〟になっていた。  * 「一月ぃ、改めてお疲れさん!」  車に乗り込み、シートベルトを締めながらマネージャーがこちらに笑いかける。  今日は最後の撮影を終えた後みんなで軽く乾杯し、個々人の都合に合わせて流れ解散となっていた。   「ここからあのマンションまで走るのも、今日で最後か」  今住んでいる事務所持ちのマンションは月末で契約終了になっていて、俺も荷物をまとめ次第出ていくことになっている。 「なーんか寂しいよな」  俺の気持ちを代弁するようにマネージャーが続けた。 「あのオッサンとはどうするんだ?」 「羽田さんのこと?」 「ほかにいないだろー」 「さあ……」  半年前あの南国ロケで、俺たちは気持ちを打ち明け合い結ばれた。  あの時羽田さんは同じマンションに住もうと言ってくれていたけれど……。  撮影に明け暮れる日々の中、未来のことを話す時間はなかった。  マネージャーがニヤニヤ笑って言ってくる。 「好きなんだろ? 好きなら家にでも押しかけな」 「なんで、宇佐見さんがそんなこと」  むしろこの人は反対すると思っていたのに。 「だってさあ、うちの一月に手ぇ出しといて、適当に扱うのとかは許せねえ!」 「そういうんじゃない」 「そういう関係ならちゃんと愛されろ、貢がせろ。一月はオコサマだから心配だ」  マネージャーはまだどこか納得いかない表情で、フロントガラスをにらんでいた。  この人の本音がどこにあるのか、俺には分からない。  けれどもその言葉は、彼なりのエールだと思って受け取っておくことにする。 「分かった」 「じゃあ、ユーマニオンの撮影も終わったことだし、これからバンバン仕事入れてくからよろしくな~! すげーオファーも、面白いオファーもいろいろ来てるぜ?」 「そうなんだ」  それは初耳だった。けれどもまだ新しい仕事に興味が湧かない。 「どうせまだ一月には考える余裕がないと思って黙ってたんだが……まあ、今日はゆっくりしたいよな? 仕事の話はまた今度」  交差点に近づき、マネージャーがハッとした顔で俺を見た。 「で、どっちに送ってけばいいんだよ」 「どっちって?」 「お前んとこのマンションと、羽田サンのとこ」 「ああ、そのこと。それなら……」  *  5分後――。  俺は撮影所近くの河原に立っていた。  宵闇の中、空には小さな星がまたたいている。 (スバルはどこだっけ?)  冬の河原に横たわり、空の星を指でたどる。   (確かオリオン座の真ん中から、線を延ばして……)  まだ空が夜の闇に沈みきっていないせいで、目的の星は見つかりそうになかった。    そこでふと、無数の隕石(いんせき)が降ってくる光景が脳裏をよぎる。 『ユーマニオン・ネクスト』の第1話だ。  俺の演じるスバル青年は隕石の襲来を受け、それからユーマニオンレッドに変身した。  俺は、ちゃんとレッドになれただろうか。  クランクアップの今日、すべての撮影を終えてもまだ実感が湧かない。  想像する、胸が騒ぐ。  俺は夢を手に入れた。  けれども夢の時間は夢のように過ぎ去っていき、俺はひとり、現実に取り残されてしまったような気がした。  そんな時――。  河原に寝そべっていた俺を、誰かが上から(のぞ)き込む。 「一月」 「羽田さん?」 「こんなところでぼーっと寝転がってたら風邪ひく」  羽田さんは走ってきたところなんだろう。ジャージ姿で、ほかほかとした熱気をまとっていた。   「なんで、今日みたいな日まで走るんですか」  クランクアップ当日くらい休んでもいいだろう。今頃みんなはまだ打ち上げをしている。 「なんでって……さあ。習慣だから? お前も分かってて来たんだろ」  羽田さんは、その(ほお)に魅力的な笑みを浮かべた。  俺は上体を起こして目の前の人に伝える。 「はい。会いたくて来ました」 「俺も会いたかった」  羽田さんが俺の隣に腰を下ろした。  それから俺たちは夜の闇に紛れ、触れるだけの短いキスをする。  草の上で重なる指先が温かい。 「実は俺、ネクストの撮影が終わって、これからどうしようかと迷ってたんですけど……なかなか切り替えられませんね。来年もまた撮影に参加できる羽田さんたちがうらやましいです」  そんな俺にあこがれの人はささやくように告げた。 「とりあえず俺のそばにいろよ。新しい夢は一緒に見つけよう」  そうだ、俺にはこの人がいる。  大丈夫だ、未来は明るい――。  ―了―  

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