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第2話

 教室に入り、田貫を探す。大体が友達と話したり騒いでる中で一人席に座ってぼーっとプリントを眺めている彼を見つけるのに、そう時間はかからなかった。  先に黒板へ張り出されていた座席表を確認しに行く友人を横目に、俺はまっすぐ田貫の席へと向かう。席の前に立っても田貫は顔を上げようとしない。コンコン、と机を叩くと、ふわふわの癖毛が揺れて、汚れを知らないような無垢な瞳が俺を見た。 「おはよ」 「…お、はよう」 「ふは、声どうしたの。風邪?」 「げほ、ううん。…今日、初めて声出したから」 「ふうん」  ガタッ、と勝手に田貫の前の席に座る。田貫はどこかそわそわと落ち着かない様子で、ちらりと黒板の座席表と俺を交互に見た。「君の席はそこじゃないよ」と言いたいのだろうか。そんな視線を気にせず、椅子の背もたれを跨ぐようにして、田貫と向かい合う。田貫は俺がそこに居座る気であることが分かったのか、ぱちぱちと何度か瞬きをしてから、少しだけ困ったように眉を下げて口元に笑みを浮かべた。 「僕と話してると、変な目で見られるよ」 「変な目?」 「噂、知らない?」  田貫が目を伏せる。伸びた前髪が邪魔をして気付かなかったが、睫毛が長い。まあるい頬に、まあるい瞳。同級生なのにどこか幼く見えるこの顔に、卑しい劣情を抱く男がこの校内にも一定数いるらしい。恋愛対象が女子な自分にとっては理解しかねる。  とにかく田貫は俺が周りに変な目で、つまりは田貫とヤリたいんだなあいつ、という目で見られやしないかと心配してくれているらしかった。 「ああ、知ってる。けど実際田貫がどういう奴かも分かんないまま色々鵜呑みにすんのは違うだろ」 「...話してみて、どう?」 「まだなんとも。でも人のこと気にする程度には優しいやつなんだなってことは分かった」  田貫が短く息を詰める。何か言おうと開いた口を躊躇うように一度閉じてから、田貫は俺を見た。 「変なひと」 「…――」  はにかむ田貫を見た瞬間、教室のざわつきが一瞬だけ、どこか遠くへ行ってしまったような、そんな錯覚を覚えた。けどそれは本当にほんの一瞬で、俺の耳にはまたざわざわとクラスメイトたちの喧騒が戻ってくる。  前言撤回、田貫には男を誘う、妙な色気というか、魅力がある。かといって俺が変な気を起こすことはないけれど。  何も言えないまま、聞きなれたチャイムが鳴って、田貫は俺から視線を外した。 「ホームルーム始まるよ」 「…あぁ、うん」  何事もなかったように、田貫はまた机の上のプリントへと視線を戻す。俺も本来の席の主が戻ってくる前に退散しようと慌てて席を立つ。出席番号順に割り当てられた自分の席についてから、心臓の鼓動が少し早いことに気づいた。元来人見知りはあまりしない方なのに、“有名人”と話すのは少し緊張したらしい。動揺が表に出ないよう真顔を努めながら、田貫との短い時間を頭の中で思い返してみる。  話してみると、やはり噂を聞いて勝手に抱いていたものとはだいぶ違う印象を受けた。誰にでも尻を貸すビッチ野郎、とまでなればもっとチャラいとか、露骨な感じだろうか、と想像していたが、実際はごく普通の、本当に普通の男子生徒だ。  好き勝手に噂されている立場のせいか幾分か肩身が狭そうというか、大人しそうな雰囲気はあるけど、いきなり声をかけたにも関わらず普通に話をしてくれたし、話していて俺としては心地が良かった。変に気張らず、話しやすい。 ‪  ‬ただ、ただ少し。少しだけ男心をくすぐるような、なんとも言葉にし難い何かを、彼は確かに持っていた。  

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