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第4話

 俺達が通う高校は比較的新しい高校だ。他の同じ規模の高校と比べて敷地は広く、部活動に力を入れているのを売りにしており、敷地内には茶室や弓道場、果ては屋上に天文台まで。3年生になった今もまだ、立ち入ったことのない場所がある。  4限目が終わったあと、珍しく田貫の方から俺の机にノックがあった。退屈な授業に意識の9割が夢の世界へと飛んでいた俺は大げさに肩を揺らし、顔を上げると堪えきれない笑いを口元に滲ませた田貫と目が合った。その手には深い緑色の弁当袋がぶら下がっている。 「気持ちよさそうなとこ、ごめんね」 「あぁ…いや…」 「乾くん、購買寄る?」 「んーん。今日はもう買ってある」  体を起こすと関節が音を鳴らす。首と肩をほぐして、リュックの中に突っ込んでいたコンビニのビニール袋を引っ張り出す。前もって買っていたのは、最初から田貫と昼休みを過ごそうと考えていたからだ。彼がいつも教室にいないのは知っていたから、なんとなく人の多い購買部に寄ってもらうのは気が引けた。  携帯と財布と、ビニール袋を引っ提げて席を立つ。田貫はいつもより表情が明るいように見えた。誘うまでは迷惑がられたらどうしようかとか、女々しいことを考えたがどうやら杞憂だったらしい。  俺たちが連れ立って教室から出る姿を好奇の目で見るクラスメイトには、気づかないフリをした。  俺たちのクラスは校舎の一番端にある。田貫は教室を出ると中の階段ではなく、教室前の外階段を下りた。 「晴れてて良かった」 「外で食べるの?」 「うーん、屋内だけど、晴れてる方がきれいだから」  「雨降ってても、僕は好きなんだけどね」と話す田貫の言葉はいまいちピンと来なかったけれど、田貫がきれいだというその場所に一層興味をそそられた。  外階段を下りて、人気のない校舎裏へと向かう。部活動の設備がある場所とは正反対のそこに、他の生徒の姿はない。表から見えない場所のせいか、草木が伸び放題で他に比べてあまり手入れはされていないが、足元には舗装されていない小道が覗いていた。  田貫はその小道を通いなれた足取りで歩いていく。俺はこの小道の先に何があるかは知らない。ひみつきち。そう囁いた田貫の声が蘇る。なるほど、ひみつきち。想像してたよりもその響きにふさわしい場所なのだろう。 「乾くん、お待たせ」  前を歩いていた田貫がくるりと振り返る。小道の先には、外側が花のついた蔦で覆われた小さな温室があった。どこか年季の入った温室の中には、綺麗な花が植えられた小さな鉢植えが並び、隅には俺の背丈程もある観葉植物のようなものも置かれている。俺の身長は176cmだから、結構な高さだ。 「…すげ。この学校、こんなのもあったのか」 「元々学校のものじゃないみたいだけどね。個人のものだったやつ、もう使わないっていうから寄付って形で譲ってもらったらしいよ」 「へぇ…。だからちょっと古いんだ」 「そ。乾くん、ここ座って」  ガタ、と田貫が棚の陰から引っ張り出してきたのは教室にある椅子だ。色とりどりの花と鮮やかな緑が溢れるこの室内で浮いているようにも見えるし、不思議と馴染んでいるようにも見える。少し足の錆びたガーデンテーブルの前に置かれたその椅子に腰を下ろすと、向かい側に置かれた椅子に田貫も座り、テーブルの上で弁当を広げる。それも俺が座っているものと同じものだ。元々あったものか、それとも田貫がこっそりくすねてきたものかは分からない。 「ここの花とかって、田貫が面倒見てんの?」 「うん、まぁ」 「すげぇ」 「手のかからないものばっかだから、そんな大変じゃないよ」  教室にいるときより、田貫の表情は穏やかだ。テーブルも椅子も、所々錆びはあるが埃っぽさはなく、綺麗に掃除されている。この狭い箱庭のようなひみつきちで一人過ごす田貫の姿が、なんとなく想像できた。 「それ、自分で作ったの?」 「そうだよ。こう見えて家事は得意だから」 「へぇ。うわ、美味そう」 「ほんと? ふふ、卵焼きを一つあげちゃう」  弁当の中身は見事なものだ。形の整った卵焼きにから揚げ、ポテトサラダにプチトマトとブロッコリーで色合いもバランスも完璧すぎて少し、いやかなり驚いた。思わず口を開けたまま見ていると、形のいい卵焼きが一つ、そのまま口の中へと押し込まれる。 「うぐ、」 「口に合うと良いんだけど」  結構な勢いで押し込まれた卵焼きを口から零さないように手を添えつつ、咀嚼。味付けは甘めで、しかし甘すぎることもなく優しい味が口内に広がって、うん、美味い。めちゃくちゃ美味い。一瞬嫁に欲しいと思った。  俺好みの味に早々に飲み込んでしまうのが勿体なくてよく噛んで味わいながら田貫に親指を立てると、安心したように微笑まれる。  

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