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第5話

「いつもここで食べてたのか」 「…うん、まぁ」 「?」  妙に歯切れの悪い返事が引っ掛かった。田貫を見ると、何でもないような顔で「ん?」と小首を傾げている。俺の気のせいか。もしかしたら他にも田貫のひみつきちがどこかにあるのかもしれない。ここで聞いても、なんとなく田貫は答えてくれないような気がした。 「あ、そうだ。なぁ、田貫」 「なあに」 「田貫のこと、下の名前で呼んでもいい?」  きょとん。まさにそんな擬音が相応しい表情で、田貫が固まった。ぱちぱちと、まるい瞳が瞬いている。鳩が豆鉄砲を食らったような、という言葉があるが、大きな目でこちらを見つめる姿はたぬき、動物のタヌキを連想してしまう。なんというか、かわいい。 「嫌ならまぁ、いいんだけどさ」 「…い、嫌じゃない! ごめん、ちょっとびっくりして…えと、あんまり、慣れてなくて、こういうの」 「うん、なんかそんな感じした」  田貫が校内で誰かと一緒にいるところを俺は見たことがない。友達らしい友達も、少なくともこの学校にはいないのだろう。噂のせいもあるだろうが、そもそも田貫が周りと距離を置いている。俺だって、田貫に毎日声をかけていたこの1週間、最初のうちはよく困った顔をされていたものだ。4日目あたりから、その困った顔はあきれ顔に変わったんだけど。  とにかく、どこかちぐはぐな性分の田貫に、俺はこれでも慎重に、慎重に距離を縮めているつもりだ。昼食を一緒にとるにも一週間かけた。距離の詰め方を間違えれば、田貫はすぐに俺を拒絶するだろうと思った。やんわりと、それでいてはっきりと。  なんで自分がここまで田貫にこだわっているのか、途中からわからなくなってきたが、とにもかくにも、俺は田貫の友人第一号になりたいのだけは確かだった。 「じゃあ早速」 「…は、はい」 「秋ちゃん」 「………ちゃん?」  秋ちゃん、タヌキ顔、再来。  ぱちぱち、ぱちぱち。前髪でぱっと見わからないけど、やっぱり目が大きいなあ。 「秋ちゃん」 「乾くん、人を愛称とかで呼ばないイメージあったのに」 「または秋彦」 「あ、2パターン用意されてたんだ。…じゃあ、僕も乾くんのこと、下の名前で呼んでいい?」 「! もちろん。好きにどうぞ」  正直、田貫――…秋彦が俺のことも下の名前で呼ぶことに少し期待してたけど、本当にこうなるとは思わなかった。  秋彦は薄い唇を指でぐにぐにと弄りながら、少しだけ考え込む。ただ下の名前で呼ぶんじゃなくて、同じように何か愛称をつけようとしているらしい。俺は自分の少し堅苦しい、古臭い響きを持つ名前があまり好きじゃないから、愛称を考えてくれるのは嬉しかった。 「うん、決めた」 「はい」 「ミツって呼ぼ。忠光のミツ」 「おお…」 「または忠光」 「なんか落差激しいな」  ミツ。秋彦の、俺の低い声よりいくらか高い声で呼ばれた名前は、甘さを含んだ響きで俺の耳に馴染むようだった。ひどく穏やかな時間が流れている。他愛もない話をして、ゆっくりゆっくり、仲良くなって。それで、ふと、小さな疑問が頭をよぎる。  秋彦は、本当に、噂通りのことをしているのだろうか。  

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