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第10話

 熱い。熱くて、熱くて、息が上がる。汗ばむ肌を撫でる手は優しく残酷に、僕を追い詰めていく。口からは意味のなさない声がひっきりなしに漏れて、それを抑える余裕もない。ベッドのスプリングが耳障りな音を立てて、僕の腰を掴んでいた大きな手が首筋を撫でて、くすぐったさに目を細める。 「“あきら”、綺麗だ」 「あっ、んん…ッ」  ぱちゅん、と音を立てて中を深く抉られる。びくびくと勝手に体が跳ねて、僕は何度目か分からない絶頂を迎えた。体が脱力して、ひどい倦怠感に瞼が落ちそうになる。  しかし彼はそれを許さない。  パンッ、と乾いた音を立てて、頬をぶたれる。そうして僕の意識はまた浮上した。僕がイッたところで終わる行為ではないのだ。  喘ぎすぎて枯れた声なんか気にも留めず、男はただ自分の快楽のために僕の体を蹂躙する。ひどく一方的な行為のように見えて、僕の体はしっかりと与えられる快感を丁寧に拾うものだから、笑ってしまう。 「ぅあ゛、ああっ、あうッ」 「お前は本当に、美しい」  僕を見ているようで、ちっとも僕を見ていない虚ろな目。その目が僕を映さなくったのはいつからだったろう。それももう、思い出せない。 「ッ、ぁ」 「あきら、あきら」  首筋を撫でていた手に力が込められて、まるで世界に置いて行かれるような感覚が僕を襲う。酸素が上手く取り込めなくて、さっきまでうるさい声を出していた口ははくはくと音もなく呼吸をしようと動く。それでもその息苦しさが気持ちよくて、僕の体は浅ましく反応するのだ。  目の前でみっともなく腰を振っていた男が満足そうに笑う。  あぁ、良かった。今日も、僕は貴方のために。  僕の頬を、何かが濡らす。それが彼の汗なのか、それとも涙なのか。  それを確認する前に、僕の意識は暗転した。 『しばらく、ここには来ない』  ふ、っとゆっくり意識が浮上する。体のあちこちが痛い。喉もひりつくような痛みを訴えていて、ごほごほと背を丸めてせき込んだ。 「あ゛ー……」  ひどい声に思わず笑ってしまう。こんな声じゃ、ミツが心配してしまうかな、と考えて、やめた。そんなことを考えても、杞憂に終わるだろう。かれこれ1週間、彼とは言葉を交わしていない。  あんなことがあってからも、ミツは毎朝声をかけてくれる。おはようという短い挨拶に、以前まであった柔らかな響きはなくなってしまったけれど、優しいなあ、と思う。けれど、僕の方がダメだった。  彼の顔を見ると、胸が苦しくなる。あの日温室で見た彼の、深く傷ついた顔が忘れられない。僕のせいだ。もっと早く突き放しておけば、あんな顔をさせることもなかった。  そう思うとどういう顔をすればいいか分からず、僕の方がミツを避けてしまっていた。  痛む体に鞭打ってベッドから抜け出す。どろり、と太ももを伝うソレにも慣れてしまった。  部屋の隅に置かれた姿見を見る。特別痩せているわけでもないけれど、あまり外に出ないせいで肌は白い。ぶたれた頬は音の割にそれほど力が入っていなかったのか、幸いにも腫れてはいなかった。腰のあたりに手の形の痣がくっきりと残っている。はあ、と口からため息が出て、首にもうっすら手形が残っているのに気づく。 「…どうしよ」  声は出さなくても、これは気付かれるかもしれない。こんなのミツが見たら、きっと心配するのだろう。彼はどこまでも優しい。僕がどうしようもなく汚れていると知ったのに、いまだに僕のことを気にしている。  首元が隠れるインナーなんかあったっけ。ボタン全部閉めたら、見えなくなるかなぁ。  ミツと関わる前の僕ならこんなの気にせず学校に行ってたんだろう。その頃の自分に、一人でいた自分に戻らないといけないのに。  鏡の中の僕が、自嘲気味な笑みを浮かべた。 ◆  温室で秋彦と一悶着あった日から、1週間が経った。あの日、結局俺は午後からの授業を適当に理由をつけて休んだ。家に帰ったあと、学校からの連絡を受けたらしい母親が心配してくれるのを、これまた適当に誤魔化して部屋に籠った。  部屋に籠って丸一晩。秋彦のことを考えてはみたものの、後から湧いてくるのは後悔と罪悪感だけ。  なんで俺はあんなことを。色んな情報が一気にきて余裕がなかったんだろうか。冷静になった頭で考える時間は地獄すぎた。  結局のところ、秋彦は噂通りの尻軽だったってことなのだろうか。 『僕は普通じゃないから』 『君に抱かれたいって、思っちゃうんだよ』  あの時の、泣きそうな顔が頭から離れない。ただ俺とヤりたかっただけ? 最初から、タイミングを窺ってた? とても、そんな風には見えなかった。  その日はもちろん、答えなんか出るはずもなく。俺は気疲れからか早々に眠ってしまったのだった。  翌日。あんなことがあって、温室にはしばらく行かないと言ったとはいえ、それが声をかけないということには繋がらない。だから俺は変わらず、いや多少のぎこちなさは滲み出ていたかもしれないが、秋彦に「おはよう」と声をかけた。  秋彦はびくりと肩を揺らして、信じられないといった顔で俺を見たあと、くしゃりとその顔を歪めて何も言わず目を伏せた。え、お前がそういう態度を取るの? と思わず固まってしまった。  そんな情けない俺を見てたらしい宇佐木が「…喧嘩でもしたか?」とこっそり声をかけてきて、俺が八つ当たりでヘッドロックをかましてしまったのは、許してほしい。  そんなこんなで、そんな秋彦の態度にシンプルに腹が立った俺は、温室に行かないと決めたものの、毎朝秋彦に声をかけることは止めなかった。  1週間が経った今も、秋彦は俺の挨拶に返事をすることはない。身勝手な苛立ちであることは自覚している。最初に距離を取ったのは俺の方なのに、いざ秋彦に避けられるのは、きつかった。かといって温室に行く覚悟もまだ決まっていない。  

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