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第11話

「お前は田貫に恋でもしてんの?」 「ぶッ!!」 「きたねぇ!」  昼休み。俺は温室ではなく屋上で、宇佐木と二人で昼飯を食べていた。宇佐木の突拍子もない言葉に飲んでいたコーヒーが勢いよく口から出る。まるで漫画のようなリアクションをしてっしまったことに恥ずかしくなりつつ、宇佐木が投げて寄こしてくれたティッシュで口元を拭いた。 「なんでそうなるんだよ」 「いやだって、田貫とのこと考えるってさあ…」  ここ一週間、明らかに様子のおかしい俺と秋彦を見かねた宇佐木に呼び出され、俺は洗いざらい秋彦とのことを白状した。本人のいないところで勝手に話すのは少し気が引けたが、このまま一人で考えていても埒が明かないと考えてのことだ。  宇佐木はサンドイッチを頬張りながら「んー」と唸る。 「キスされてどう思ったんだよ」 「どう…どうって言われても…」  あの日のことを思い出す。秋彦と目が合って、動けなくて、気付けば唇に彼のそれを押し当てられていて、べろりと舐められて。突然のことに驚きはしたものの、気持ち悪い、とは思わなかった。驚きと、ほんの少しの苛立ちと、それから。…それから。  あの瞳と、一瞬触れた唇の熱さに、俺は確かに、汚らしい劣情を抱いてしまったのだ。  押し倒して、秋彦が俺の名前を呼ばなかったらと考えるとぞっとする。俺は友達になろうと思ったやつを衝動のままに犯していたかもしれない。秋彦の体に触れた他の顔も知らない男たちと同じになっていたかもしれないのだ。  それは、それだけは絶対に嫌だった。だって俺は秋彦の。 「…秋彦の、特別になりたかったのかもしれない」  消え入りそうな声で、そう呟いた。宇佐木が呆れたように笑う。  誰かの特別になりたいなんて、そんなこと思ったのは初めてだった。 「乾はさ、元々ノーマルだから。多分、友達になりたいって言葉で無意識に逃げてたんじゃないの」 「…うん」 「ヘタレだねぇ」 「うるせぇ」  俺は、秋彦を性欲の対象として見る他の男と同じになりたくはなかったし、秋彦から見てそういう男たちと同じと思われるのも嫌だった。だから秋彦との距離感には慎重になっていたのだ。間違えて一線を越えてしまわないように、友達の範囲を逸脱してしまわないように。  そうやって気を付けていた矢先に、あの出来事だ。  秋彦の噂は全部本当で、彼は何人もの男と関係を持っていて、その事実を知って、確かに心のどこかで改めて本人から直接聞かされたその事実に対して引いた自分もいる。  だというのに、今更好きだなんて思うのは、おかしいんじゃないのか。 「考えすぎだよ、乾は。ドン引きしたうえで色々考えて、それでも好きだって思うならもうそれは恋だよ」 「…なんか腹立つなぁ」  宇佐木はなんでもないような顔で言う。  俺だって今まで全く恋愛をしてこなかったわけではない。長く続いたことはないにしろ、彼女がいたことはあるし童貞でもない。ただ、その人の特別になりたいとまで思ったのは、秋彦が初めてだった。あんな焼けつくような思いを抱いたことも、衝動のままに自分のものにようとしたことも、秋彦が初めてだ。 「田貫と話してこいよ」 「話すって…言っても」  もう何度目かになるか分からない、あの日のフラッシュバック。何をどう話せばいいのだろう。好きだって、告白でもする? 本命はいらないとあの憎たらしい後輩に言っていた秋彦に? 正直これからどうすればいいか、分からない。  秋彦にもう、他の男に抱かれるようなことはしてほしくない。けれど秋彦を縛る権利は俺にはないのだ。秋彦がその権利をくれるとも思えない。 「こうやってぐだぐだしてる間に例の不埒な後輩くんにぺろりと食われるかもよ」 「それは絶対嫌だ」  びびってる暇はないぞ、と宇佐木は言いたいのだろう。自分がこんなにヘタレているなんて、今まで気付かなかった。過去の彼女には申し訳ないが、俺は誰かにそこまで執着したことがないのだ。  好きだと言われて、断る理由も特にないから付き合って、求められれば応じるけれどそれだけで、そのうち「私のこと好きじゃないでしょ」と彼女に振られておしまいの繰り返し。それにショックを受けたこともない。そう言われてしまえば、否定もできないから。  秋彦に好きだといって、拒否されるのが怖い。今までのように過ごせなくなるのが怖い。けれど一度自覚してしまった気持ちを抱えながらなんでもないような顔で隣にいられるかと言われれば、きっとそれはできない。  なら、何もしないままでいるよりは、当たって砕けてしまった方が、まだマシなんじゃないだろうか。 「昼休みあと20分あるけど」  考えすぎ、考えすぎ。考えていたら、いつまでも足は動かない。昼休みが終わるまで、あと20分。考える前に、俺は勢いよく立ち上がった。持っていたあんぱんのかけらを放り込んで、思考が始まる前に屋上の入り口に足を向ける。  屋上から出ようとして、宇佐木を振り返った。 「宇佐木!」 「ん?」 「さんきゅ!」 「ん」  宇佐木は満足そうに笑ってから、ひらりと手を振った。  秋彦に会ったら何を言おう。何から話せばいいのだろう。一度は突き放した俺を、彼はまた笑って受け入れてくれるだろうか、それとも拒絶するだろうか。 『僕は普通じゃないから』  階段を駆け下りながら、なぜか今、その言葉を思い出した。  

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